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欲しい飴をくれない夫

となりで寝転んでいる夫を見つめながら、ふと思った。
私は夫のどこを好きなんだろう。
そして辿り着いた答えに、ぞっとした。
私は、私の欲しい飴をくれる夫が好き。

それは裏を返すと、欲しい飴をくれない夫のことは好きじゃないということ。
好きじゃない、というのはただ拗ねてるだけなんだが。
こんな風にいじけてるステージを抜けないと、生涯幸せになれんだろうなと思う。
常に水に飢えた砂漠のように、足りない足りないと要求し続ける人生だけは嫌だと思った。

去年、夫が私に愛想をつかしてからというもの、夫は別人のようになった。
優しさも甘いセリフもこまやかな気遣いも、全部どこかへ行ってしまった。
私と目を合わせることが少なくなり、家にいる時間も減った。
家族よりも、自分の好きなことに時間とお金を費やすようになった。

私も随分努力し態度を改めた。
その成果か、今年に入ってからはずいぶん良くなったのだけれど、少しでも夫の機嫌を損ねると、すぐに去年の夫に戻る。
もう元の二人には戻れないのかな、とむなしく思う。

昔、夫はいつだって私に飴を差し出してくれた。
だけど私は「欲しい飴これじゃない」と他の飴を要求し続けた。
欲しい飴をくれた時は喜んだ。
欲しくない飴をくれた時は不満を言い、時には心無い言葉で夫を責めた。
夫は随分手を焼いただろうと思う。
差し出してくれたもの全部、夫なりの愛だったと気づいたのは、ずいぶん後になってからだった。

一度失ったものを取り戻すことは、きっとできない。
私たち夫婦は、もう同じ関係には戻れないのだと思う。
新しい二人へと形を変えていくしかない。
未来の私たちが婚姻関係を結んでいるのかどうか、今は分からない。
でも私は、彼の差しだす飴を受け入れるだろうと思う。
それがたとえ離婚届だったとしても。
彼のことだ、私を傷つけないようにと一生懸命考えて出した答えなのだろうから。