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2023/3/27-2023/4/1 人生が苦しかった頃

10年近くの時が経ち、大学生のときに散々に私を苦しめたものの正体がやっとわかった。

自己否定感だ。

その強烈な自己否定感のせいで、当時、何も作れなくなってしまい最悪な状態だった。通っていたのが制作ありきの芸術系の学校だったからである。

作ろうとしてもこれでは駄目、本当にこれでいいのか?これで正しいのか?と自問自答を繰り返したあげくに挫折して作品を終わらせることができない。

コンセプトを考えてもモックアップを作ってみても"こんなんじゃ駄目"という声が頭の中で響いている。少し進められてもすぐに真っ白な状態に逆戻り。思考を深めることができない。

そんなざまだから、課題は全く捗らない。今思えばパニック障害か適応障害、もしくは鬱だったと思う。日中は常に動悸がしていて、朝はその振動で目が覚める。頭は常にぼんやりとして思考がまとまらない。短期記憶もポンコツで会話が成立していたか怪しい。

人前でしゃべることもできなくなった。プレゼンなんてもってのほか。なのにプレゼンばかりさせられる専攻だった。人前に立つと声と体が震えて妙な汗が出る。喉の奥がキュッとなって声を出すのが苦しい。

こんなみっともない姿を見られたくない。目立ちたくない。"個"として認識されたくないという気持ちでいっぱいだった。透明になりたかった。

なによりも、そういった辛さを言葉にして表現できていなかったことが当時の私を苦しめた。恐ろしいことに自分がどういう状態なのかよくわかっていなかったのである。なんかヤバいが頑張れば克服できる、どうにかなると本気で思っていた。

それらの症状が一番ひどかったのは3年生の頃。2年生まではまだ少しの元気があった。4年生で少し持ち直して動悸は少し静かになったが、体調はやっぱり常におかしかった。

そんなふうだったから、まわりには不審がられていたと思うし、やる気を失ったやつと軽蔑していた人もいたと思う。

蛇足になるが、なんとか大学を卒業してから、なぜそこまで自分がそこまで追い詰められてしまったのか考えるようになり、記憶をさらいながら沢山の本を読んだ。身のうちを書き出した。その結果、実家とは絶縁するに至る。

閑話休題

だから、大学生活のことはあまり思い出したくない。誇れるものがないからだ。ただただ苦しいだけの期間だった。

でも今になってやっと、楽しかった瞬間も意外と沢山あったことに気がつく。

終わってみなければ、きちんもと振り返ることもままならないのかもしれない。自分のこならなおのこと。あの精神状態で良いことに目を向けることは相当難しい。

もしも、大学生の自分に何か教えてあげられるなら、どうにかなるから適当にしてとにかく休めと言いたい。そして十分頑張ってるよと抱きしめる。

‥これはなんの話だったっけ?そうだ自己否定感の話だった。

当時は自分のことを"自信がない"や"自己肯定感が低い"、"努力ができない"などとカテゴライズしていたが、どこか言葉としてしっくりこなかった。

それがやっとピッタリとハマる言葉を手に入れて、頭の中が少し整理された気がする。その爽やかな喜びをエネルギーにして思うままを書き殴っている。

そういうわけなので、とくに落とし所もないままにこの話はこれで終わる。


    

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