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会社辞めたい③満身創痍

 このあいだテレビで、美大を出たわけでもないフツウの日本人サラリーマンがピクサーでアニメーターになったはなしを紹介していた。
 その人は子どものころ絵を描くことが好きだったけど、絵は学ばずフツウに大学を出て、プログラマーだかSEだかになった。ある日映画館で公開されたばかりのトイストーリーを見て、CGに衝撃を受けた彼は、思い切って新卒から2年務めた会社を辞め、専門学校に入ってCGアニメーションを学んだ。自作CGアニメを海外のコンクールに出品し、いい線いったが海外のアニメーション制作会社に採用されるほどではなかった。なんとかピクサーで働きたいと思った彼は、渡米し語学学校で数年間英語を学んでから、アメリカの美大に入る(ここでいや美大入っとるやんけと思った)。大学院でピクサーのクリエーターが講師を務める学科でCGアニメーションを学び、なんとかアニメ制作会社に採用される。そんでコツコツ仕事してたらなんと、ピクサーに引き抜かれた。そして今は夢に見ていたピクサーでアニメーターをやっている。頑張って努力すれば夢は叶うのである!

 ……夢は叶うのである!じゃねえ。
 ちょ、待てよってわたしの心の中の木村拓哉も言ってる。
 いやいや、彼はすごく行動的だし、頑張って努力したと思う。思うけど。思うんだけど、そこじゃないんだ。わたし知りたいの、そこじゃないんだ。新卒2年でまた専門学校入って渡米して語学だけ勉強して大学入って向こうの企業に務めるまでのこの7年くらい、仕事してなくて、してないだけじゃなくて学校3つ分の学費とか渡航費用とか生活費いろんなもろもろ、このおそらく莫大と思われる資金、これ、どうしたのかっつーとこ!なん!です!

 わたしは思った。これは夢は叶うってはなしじゃない。ふつうのひとにとって、やりたいことに出会っても大抵は時すでにおそし。これまでの学歴をなかったことにして、振り出しに戻れない。だけど例外がいて、そこにつぎ込む財力あるやつはやりなおせる。そうしてやりたいことに辿り着いたことがこの方です、このロングロングモラトリアムは持てる者だけの特権なんじゃいってはなしなんだ。うわーん!みーせーつーけーらーれーたー!わたしだってピクサー行きてーよ!どらえもーん!わたしにも学費と生活費出してよー!はい、こういうはなしだったと思いました。

 進路に選択肢があった頃、重くても握れるハンドルがあった頃、あの頃のわたしにはやっぱり何にも選べなかったと思う。それは怠慢とか努力が足りないとかそういうこと(だけ)じゃなくて、やっぱり、まだカゴの中から世界を見ているような学生では、なかなか出会えない。出会えないなりになんとなく決めた進路に進み、決して少なくないコストをかけて作ってもらったなけなしの学歴。そんなふうにして社会に出たら、やっぱ全然違ったってことは、そりゃあるに決まってんだ。人には向き不向きがあって、向いてるかそうじゃないかなんてやってみなきゃわからん。
 わたしは何度か転職を繰り返して、今、身に余るレールに乗った。安定していて、少なくない給料を貰い、そしてこの収入を前提に世帯が成り立っている。そんないまになって、仕事がつらいのは、会社のせいじゃなくて、集団の中でうまくやれない自分の性質のせいだったってことに気づいてもですね、そんでいまさらわたし、こんなこと学びたいかも、大学行きたいかも、とようやく「やらなきゃいけない」じゃなくて「やりたい」何かに出会っても、ハンドルを切ったときの影響がでかすぎるし、先立つものなさすぎる。子どもの学費はあっても、わたしの学費などないわけです。わたしはそれらを「やりたい」だけであって、それがどうマネタイズできるかなんて展望があるわけじゃない。やりたいことを突き詰めれば、そこに道はあるのだど思うけれど、あるような気がするだけの道を目がけてハンドルを切るのは怖すぎる。
 ならばせめて、仕事をしている日中以外の時間をそこに費やしたいのだけど、日中集団の中に身を置いているだけで神経をゴリゴリに削られていて、瀕死である。毎日くるしい!くるしいのです!もうすぐ週が明けるとおもうと胸がいたい!いたいよー!

 はい、そのうえで。そのうえでですよ、そのうえでじゃあどうするってはなしよ。もうこれは前提なんだから、しょうがないのよ。
 ローマへ続く道はたぶん100本くらいあって、そのうち98本くらいは現状通行止めだから、のこり2本を検討または、隠しルートを発掘せよってことなんです。ただそれだけなんです。道さえ見つければわたしは大学に行けるし好きなことをとことんできるはずなんです。その道は、誰も教えてくれないし、たぶん応援もしてもらえないけど、現状の毒の沼地に止まるか、イバラの道を進むか、それはわたしは選ぶことができる。いや、まんしんそーい!

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