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『細雪』の男はみんなサイテー ※1

 誤解しないで頂きたい。私は『細雪』ファンである。高校時代に手にとって以来、折節読み返すことたぶん6回目くらい。阪神大水害と脇役の死くらいしか大きなことは起こらず、あとはひたすら下痢・赤痢・流産Etcの病気と見合い話と食べ物の話で900ページ以上(※注:文庫版)ぐいぐい読ませるなんてさすが大谷崎だ。

 しかも読み返す度に、新しいことに気が付くし感情移入する登場人物も違う。高校生の頃初めて読んだ時は「雪子って嫌な女やなー絶対友達になれんタイプ」と思い、大学時代に読んだ時は「こいさん頑張れ!」と力み、結婚前に読んだ時は「私も雪子みたいに行き遅れたらどないしよ…」と恐怖し、結婚後に読んだらすっかり幸子の気持ちになっていた(産後鬱の時は「悦子めんどい……」と思った)。

 そして40も後半戦に入って読み返した今、何を思ったか。それは『細雪』に出てくる男、どいつもこいつもサイテーやな! ということであった。

 まず作中でも「嫌われ役」として描かれている、長女鶴子の婿、辰雄。こいつはどうしようもない。婿に入って盛り立てていくべき大店をつぶした挙句に出世欲を出して東京に進出したはいいものの、子だくさんの割には安普請の狭い戸建に住み妻に経済的苦労をかけ、それなのに家長風を吹かせて雪子を東京に寄こせだの、そんな奴との見合いは断ってしまえだの、職業婦人なんて絶対許せぬ、妙子は勘当するがよいだの言いたい放題。の割には自分が頭の上がらぬ人物のツテで来た見合い話を断ることができず、結果先方からあっさり振られるという体たらく。しかも妙子が「洋行したいから、お父ちゃんから預かってるはずの私の結婚資金を今渡してほしい」と言うと「は? そんな金ないけど?」とすごんで見せる。いいとこなし。

 次に奥畑の啓坊ンはというと、これまた典型的「3代目は身代を潰す」型の男である(跡継ぎじゃなくてほんとによかった)。妙子との駆け落ちに失敗し、それなら初恋が実るまで夕霧(※『源氏物語』)のように精進してじっと耐えてりゃいいものをそうはせず、踊り子に隠し子を産ませたり芸妓とええ仲になったり、挙句の果てには実家から勘当されてしまう。妙子が赤痢にかかった時には家に置いて看病(をばあやにさせ)するものの、振られてしまうと「今までこいさんに使こたお金返しとくなはれ」である。開いた口が塞がらない。

 姉妹たちから好かれているように描かれている貞之助とて、妙子のことになるとびびりまくって「僕、かかわりとうないねん。こいさんは自分で食べていけるだけの腕持ってるんやから、本家の言う通り、ちょっと距離置いたほうがええんとちがうか」的態度を取る。かと思えば雪子には妙に肩入れし、橋寺との見合いの際には「なんとかせんならん」と先走って長い手紙を書いたり直接会いに行ったり、そりゃ向こうはドン引きやろ、である。

 妙子を孕ませた「バアテンダア」の三好は「こんなことを言うと卑怯なように聞こえますけども(中略)、しかし決して自分の方から積極的に出たのではありません」と明らかに逃げ腰。唯一まともと思われるのは、体を張って妙子を大津波から助けた写真家の板倉であるが、「番頭風情が」と軽く見続けられ、しかもあっさり死んでしまう。

 雪子の見合い相手にも碌なのはいない。①自分の家族のことは棚に上げて「雪子さんは身体が弱いのでは」ばかりを気にしたり、②相手の体調などお構いなしに歩かせた挙句に死んだ妻の写真を見せたり、③自分は40代でこぶつき再婚の癖に相手は20代初婚が望み、シミのある30女なんかもらえるかという態度だったり(婚活をしている友人からこういう男の話を死ぬほど聞いた)、④電話に出なかっただけで烈火のごとく怒りだしたり、と、よくもまあこんなクソ男ばかり出してきたな谷崎よ、と思ってしまうのである。

 最後に雪子の結婚相手となるのは、貴族の妾の子で職無しの男……。みなさん、貴族というだけで浮かれてますが、そしてちょっと奴が如才なく話が面白いというだけで前のめりになってますが、いいんですかぁー働かない男と結婚すると苦労しまっせ……と(自分への自戒も込めて)言いたくなる。

 とにかく、『細雪』には「この人素敵!」という男はひとりも出てこない。美容家の井谷親子が、断られても断られても雪子に見合い話を持って来たり、幸子、雪子、妙子が時には互いを恨みながらも助け合って生きているのとは対照的なのである。

 そしてつくづく思う。この時代に産まれてなくてよかった。女に人権なんてまじない。見合い相手は、身分やら財産やら年齢やら容姿やら、本人の「飾り」しか見ていない。昔はよかったとか家族のきずなが、とかいう人はたくさんいるけれど、「家父長制」も「江戸しぐさ」もくそくらえ。女の人権という意味では(もちろん今でさえすべて認められているわけではないと毎日のように痛感しているが)、現代の方がずっとましなのである。

 あ、しかし重ねて言うが、『細雪』は読み物としては非常に面白いし大好きなのです。本当です。

※1/©大塚ひかり『源氏の男はみんなサイテー』←とても面白いです。


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