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【連載小説】奴隷と女神 #23

その日も響介さんが来てくれる事になっていた。
肉巻きアスパラやカニカマサラダ、しらすを入れた卵焼きにわかめとタコの酢の物など用意していた所だった。

電話が鳴る。
響介さんかな、遅れる連絡かな、と少し不安に思って出ると、環だった。

小桃李ことり、助けて欲しいの』

何かに追い詰められているような必死さが伝わった。

「どうしたの? 何かあったの?」
『実は…前にマッチングアプリで知り合った人が…家の前で待ってて…』
「えっ…!?」
『ストーカーかもしれない。怖いから今から小桃李の家に行っていい?』
「今から…」

時計を見ると、予定ではあと10分くらいで響介さんも到着する時間だった。

『いきなりでホントごめんと思ってる。でも怖くて家に近寄れない。志帆は実家だし、小桃李しか今頼れる人いないのよ!』
「…わかった。どれくらいで来れそう?」
『30分もかからないと思う』
「了解。気を付けて来て」

電話を切った後ため息をつき、急いで響介さんに電話をかけた。
彼は目黒駅からタクシーでこちらに向かっている最中だった。もうすぐそこまで来ているという事だ。

「響介さん、実はいま環から電話があって、助けて欲しいって言ってて、今からうちに来る事になったんです…」
『そうか…。じゃあ引き返すよ』
「ごめんなさい…」
『気にしないで。助けて欲しいって、岸川さん大丈夫なの?』
「なんか、ストーカーに合ってるかもって…」
『ストーカー…? 警察には届けたの?』
「まだ何もわからないんです。これから話を聞きます」
『わかった。何か困ったことがあれば、連絡して』
「…ありがとうございます…」

本当は会いたかった。
すぐそこまで来ているのに。

「響介さん、近いうち会えますか?」
『…調整するよ』
「お願いします…」

祈るような思いでそう言い電話を切った後、ベッドサイドにあるゴムの箱を慌ててクローゼットの下着入れの中に隠した。

その他に彼を感じさせるものは一切ない、はずだ。

* * *

20分後、環がやって来た。

「小桃李、本当にごめん!」
「いいよ。とにかく中入って」

キッチンを通り過ぎる時、2人分用意してある食事を見て環が言った。

「晩ご飯…もしかして私の分も用意してくれちゃったの?」
「あ、あー、うん。この時間だとご飯これからだろうなって思ったから…」

環は私の首に抱きついて言った。

「やだー、もう。小桃李ありがとう!」

本当は違うのだけど…。

それから2人でローテーブルに着いて用意した晩ご飯を食べた。

「小桃李、毎日こんなちゃんとしたご飯作ってるの?」
「いや〜、たまにだよ。ホントにたまに」
「もう、小桃李、絶対いい奥さんになれるー!」

待ち伏せされたショックよりも食欲の方がありそうだから良かったと思いつつ、一大事なことなので恐る恐る訊いてみる。

「それでその…、家の前にいたっていう人は…」

環の顔色が急激に悪くなった。

「もう、めちゃくちゃキモいし、怖い」
「家知ってるってことは、仲良くはしていたの?」
「仲良いっていうか、何度か飲んで家の近くまで送ってもらったことがあって…でも中に入れたことはないよ? 」
「だから場所は知っていたわけね」
「でも家の前までじゃないんだよ? 絶対後つけられてたんだと思う。私としたことがストーカー要素を見抜けなかったなんて…。連絡先は即ブロックしたけど…」

環はため息をついた。

「小桃李…悪いんだけど今夜泊まっていっていい? さっきコンビニでお泊りグッズは買ってきたから。今日は怖くて帰れない」
「え、あ…、うん、そうだよね。今日は帰れないよね…でも」
「でも?」
「明日以降…どうするの? どのみち環、一人で部屋にいるのも怖いでしょ?」
「…もし良かったら志帆にも頼むから、一緒でも交代でもいいから泊まりに来てくれない?」
「それはいいけど…警察に届けることと、頼りになりそうな男友達に頼むとか、他にも策を練った方がいいよ。あと引っ越し考えるとか」
「引っ越し…そうだよね。あ~もう面倒くさいなぁ~!」

その後環はピタリと動きを止め、私の顔をマジマジと見て言った。

「頼りになりそうな男友達に、何を頼むの」
「そりゃ、彼氏のふりをしてもらうことよ。時には相手にビシッと言ってもらうのよ」
「そんなこと頼めそうな奴…」

頭の後ろで腕を組んで唸った環は、ぱっと閃いたように目を見開いた。

「いたかも」
「えっ、誰?」
「青山」
「青山…? もしかして営業部の同期の青山くん?」

環は黙って頷いた。

確かに青山くんと環は入社当時から仲良く、同期会でも青山くんは私たちの輪に入ってきてよく喋っていた。

「彼だったら絶対お互いに下心持たないと思うから、お願いしたら引き受けてくれるかもしれない」
「じゃあさ、早速明日会社で相談してみようよ」
「うん」

環はそれで少し落ち着いたのか、おかずもご飯も全て残さず食べた。
そして私が食事の後片付けをしている最中に部屋の中を色々見回したらしい。

取っておいた白桃凍頂烏龍茶を入れて再びテーブルに着くと、環はポツリと言った。

「男っ気はなさそうね」
「軽く失礼なこと言わないでよ」
「…西田部長がここに来ているわけでもないのかな」

ドキッとする。彼の片鱗は何もないはず。

下着収納の中以外、は。

「やだ、やめてよ。来るわけないじゃない」
「もう2人で会ってない?」

私は噓をつくのが上手いだろうか、下手だろうか。
わからない。

「…会ってない。そもそもそういう関係じゃないから」

環は小さくため息をついて「わかった。ごめん」と言った。




#24へつづく

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