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【連載小説】永遠が終わるとき 第三章 #2

公共機関の提供するオープンなビッグデータを活用し、深山さんの会社でフロントを、弊社でバックエンドを開発していくスタイルはこれまでと近しかった。
タウンエリア情報をユーザーに提供するようなアプリのプロト開発だ。

プロジェクトの朝会や夕会は主にオンラインで行われたが、週に2回のリーダーミーティングは双方の会社にそれぞれ赴いて行われた。
会社の場所も同じ沿線上でほんの数駅の距離と、比較的近くにあったので容易かった。

先方の会社で行われるリーダーミーティングにはいつも深山さんも参加していた。時折うちの会社にも顔を出した。いくつかの社を掛け持っている人がそこまで、と驚いた。

プロジェクトは少ない予算で限られたメンバー、11月末という短めの期間でリリースするために、こちらで勝手の知っている海外ベンダーなどもアサインしてほぼ24時間、誰かしら手を動かしている状態にしスケジュールを短くさせた。
その代わりコミュニケーションコストはかかってくる。認識齟齬が生じていないか、設計と実装の相違を細かくチェックをしながら、問題はすぐにタスク化して担当を振り分ける作業が行われていった。

なんとしてもPMとしては成功させたいと、真夏の暑い時期も夏季休暇も返上して諸々を対応した。斎藤室長は会社の事業計画に影響する案件でもないのにそこまでしなくても、と言ったが、私には変な意地があった。

野島部長がそうしたように、と。
いつの間にかあの人の背中を追いかけている。
恋心をそうやってすり替えていけばいい。それは私のためでもあり会社のためにもなると、言ってみれば勘違いをしていたのだ。

深山さんは様々湧き上がるアイデアや異なる意見に耳を傾けることに貧欲で、どんな話にも真剣な目をして聞き入った。質問や意見を述べることはあっても、否定したりちゃちゃなど入れたりしない。とても聞き上手な人だった。

真摯な人だと思った。どこまで本当の姿かはわからないけれど。

* * *

深山さんのデザインチームが作ったモックにこちらの開発チームが実装を加え、リーダーチームで簡単な結合テストを実施する。
同じくこちらのインフラチームがシステム基盤を構築し、プロトタイプを世に出せるように準備を進めていった。クラウドでの基盤構築は本当に容易でコストを抑えられるので、こういった小規模プロジェクトでも柔軟に対応出来て良かった。

こうして夏が過ぎ、全ての画面実装の目処が立ち、テストの詳細な計画を立てる時期になった。テストと言っても何工程もあるからだ。
その日は先方の事務所でリーダーミーティングが開催されていた。

「テストはこちらのテストチームを少しアサインできます。うちのテストチームはゲーム業界にいた人もいますし、かなりあてに出来ると思いますよ」

深山さんが提案をしてくれた。人員に関してはデザインに関わっていたメンバーを一時開放するのでそれで帳尻を合わせれば予算オーバーにならずに済むとも話してくれた。

「ありがとうございます、お気遣いいただいて」
「いえいえ。その分実装に関してはだいぶ無理されたんじゃないですか? 前田さん、まだ夏休み取られてないと伺いましたよ」
「大丈夫です。別に何か予定があったわけでもありませんし、今はこれに打ち込んでいるのが楽しいですから」
「そう言っていただけると、僕らも心強いです」

ミーティングが終わり、他のメンバーが直帰扱いでこのまま懇親会に雪崩れていくのを横目に、自分はプロジェクト以外の業務が残っていたため帰社しなければならなかった。

見送りを深山さんが自らしてくれた。その時、

「でも本当に前田さんお美しいから、ちょっと近寄りがたい空気ありますよね。そう言われませんか?」

そんな風に言われる。会議中、あまり愛想笑いなども浮かべずに粛々と話を進めていたせいだろうか。とはいえ、私の方はそんな風に言われることも慣れている。

「とっつきにくいオーラ出してますよね、私」
「いえいえ、そういう意味ではなくって。高嶺の花って感じです。うちの女性スタッフも前田さんのお美しさにびっくりしている人、多いんですよ。本当に普通の会社員なんですかって」
「そんなことありません。深山さんこそ名実ともに高嶺の花です。女性からもさぞ引く手あまたなのではありませんか?」
「僕に花なんてないですよ! お恥ずかしながら、こう見えても内向的というか…ものすごいインドアなところがあるんですよ」

花はないなんて、どれだけ謙遜しているのか。
それと、人は見た目では決して判断出来ないものだが、彼の場合は容姿的にも立場的にも、内向的だなんて要素は微塵も感じなかった。

「本当ですか? これまでお話してきた中では全くそんなことないですよ」
「親父から厳しく言われていて、立場も変わったことで相当努力しているんですよ。今までは損してきてると思うんですよね。どちらかというと家でずっとゲームしている方が好きだったり。そんな感じで見た目とのギャップのせいか、あまりお付き合いも続かなくって…、女性は幻滅しちゃうみたいですね。あ、すみません、話が反れました」
「いえ…」
「こんな風になんか、あれ何話してたんだっけ…ってなることも多くて。話も上手ではないんですよね」

こんな人に幻滅するような女性なんて本当にいるのだろうか? 謙遜のための作り話では、とさえ思ってしまう。

「前田さん、今日は帰社されるって話してましたよね」
「えぇ、そうなんです。ちょっと残務がありまして。深山さんはこの後、皆さんと飲み会に参加されるんですか?」
「僕も別の会社の案件があるんです」
「そうですか。お忙しい中いつもありがとうございます」
「その別案件なんですけど、大学生スタッフが主体となって若者目線による街づくりをやっているんです。もし良かったら今度お時間ある時に前田さんも覗きに来ませんか?」

どう言うことか? というか顔で彼を見つめると、先を続けた。

「あ、そういう現場を見てもらうと、御社にとっても何か参考や刺激があるかなと思いまして。開発がひと段落したので、ちょっと頭を切り替えるのにどうかな、と」
「いいんですか? 競合他社に問題出たりしませんか?」
「そんな問題全然、大丈夫ですよ。隠しながらコソコソやっても良いものは出来ないと思いますし」

とても余裕のある人だ。大企業の人間所以だろうか。
私の前職も大企業だったが、そちらは歴史も古い会社だから、旧態依然としていて、出し抜く・騙し合うことが蔓延っていた風潮とは大違いだ。

後日、その学生主体の街づくりの現場に案内してもらうことになった。




第三章#3へ つづく


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