見出し画像

【連載小説】明日なき暴走の果てに 第2章 #1

遼太郎は京都市内にある正宗の住むアパートを目指した。
正宗は地元に帰りながらも当然実家には近寄らず、一人で暮らしていた。

正宗は無類の酒好きだったことを思い出し、事前に確認すると確かにまだ好きだとのことだった。
酒造の息子への手土産に酒を持っていくのは皮肉かと思ったが、無難に東京の酒造の酒を持って行った。

何となく、タクシーではなくバスに乗ってみる。行き先表示がまるで観光案内のようで強い関心を引いたこともあるし、せっかく京都に来たのにタクシーで目的地まで一目散もつまらないか、と思った。

バス停を降り、風情のある通りの名前を確認しながら、細い路地を入っていく。
都内ではまだあまり聞こえてこない蝉の鳴き声が盛んに響き、こちらはすでに真夏なのだと言うことを実感させる。

関西ではミンミンゼミの声を聞かないと言う。
こちらでよく聞くカワセミやクマゼミの鳴き声には、子供の頃の懐かしさも相まって少年時代の夏休みを思い出していた。
懐かしむ自分がすっかり東京の人間なのだ、ということに気付く。

やがて彼のアパートにたどり着く。

まさか、と思うような古いアパートだった。まるで自分がそれこそ学生時代に住んでいたようなボロアパートだ。
40を過ぎた男がこんな所で暮らしているのは、と訝しく思う。金がない訳ではないだろう。
正宗は無頓着な所もあるが、何かの執着のようにも感じる。

チャイムを鳴らすと、ドア横にある開いた台所の窓の奥から「おぅ、入れやー」と呑気な声がした。ドアに手をかけると鍵がかかっていない。あまりにも無防備だ。

「正宗、鍵くらいかけた方が良くないか?」

挨拶もそこそこに玄関でそう言うと、部屋の奥から「ハハハ」と笑い声がする。

「在宅なのにいるか? 東京とはちゃうしな」
「それに誰かもわからないのに『入れ』とは」
「ほんま東京の人間は堅苦しいなぁ」

ニヤニヤしながら、部屋の奥から正宗が姿を現した。学生のまま大人になったような風貌に、遼太郎は少し面食らった。

「よぉ遼太郎。立派になったな。元気そうで何よりや」
「お前は…何だか変わってないな。それにしても客人の俺に対して駅に出迎えるでもなく、挙げ句は玄関先にも出て来ないとはな」

正宗はまた「ハハハ」と笑い「褒め言葉として受け取っておくわ」と言った。

「まぁ入りい。見たまんま狭くてボロい部屋やけど」

玄関前脇の台所を抜け、六畳一間の部屋に通された。

エアコンはついておらず、扇風機が回っていた。窓辺には蚊取り線香が置かれ、開けた窓からは簾越しに風が入って来ていた。
南部鉄の風鈴が揺れ、涼やかな音色がややぬるい風に乗っている。

「暑うて悪いな。エアコンがどうも好きやなしに。今日はまだマシな方やからそういう日は寝る時だけつけてるんや。風も通る部屋やしな。さすがにもう少し暑うなってくると死んでしまうから適度につけるけどな」
「まぁ…構わないよ」

そう言いながらも遼太郎はシャツのボタンを更に1つ開けた。

座る前に土産の酒を渡すと

「お、お前が酒を持ってきてくれる言うからな、昨夜昆布〆を仕込んどいたんや」

正宗はそう言って冷蔵庫を開けると、金目鯛の昆布〆が載った皿と、取り皿、箸を手際よく小さなテーブルに並べた。

「お前、料理するのか」
「旨い酒呑むのに不味いもん食ってどないするんや。アテは酒を引き立てる為に最重要やし。それくらいの手はかけるわ」

そう言いながらガラスの猪口を2つ出し、遼太郎に一つ差し出す。それを受け取ると正宗が酌をした。遼太郎も正宗に酌をする。

「ほな、再会に乾杯や」

杯を合わせ正宗は一息に酒を呑むと「くぅー」と旨そうに声を挙げた。

「やっぱし昼から呑むのは最高やな」
「普段も昼から呑んでるのか?」
「ただの飲兵衛みたいなこと言わんといて。俺はこれでも昼間は真面目に働いとるし」
「まぁそうだろうが…」
「東京の酒か、珍しいな。この酒、常温でも旨いけど冷やしておいてもえぇな。ちょっと冷蔵庫入れとこか」

そう言って正宗は遼太郎が持って来た酒を冷蔵庫に入れると、代わりに既に封の開いた四合瓶を持って来た。京都の酒だったが正宗の実家のものではないという。

「東京ではあまり関西や西日本の酒を呑む機会はないやろ。あってもちょいちょいか。東北が有名な米所・酒蔵多いさかいな。遼太郎のことやから地元の酒も呑まへんやろう?」
「まぁ…な」

そうして京都の酒を注いでもらい一口呑むと、キンキンに冷えていながらも米の甘みを十分に感じ、遼太郎は唸った。
昆布〆に箸を付けると、居酒屋顔負けの絶品の旨さだった。

「旨いやろ、酒もアテも」

ニヤッと笑って正宗がそう尋ねたので、遼太郎はやや目を丸くして黙って頷いた。
「言葉も出ぇへんくらい旨いか。そうか」と満足そうに正宗は酒を口にした。

「そやけどアレやな。お前がまともな結婚をするとは思わんかったで。絶対どこかで女に刺し殺されてる思うとったからな」
「早速その話か。すぐ飽きて捨てると思ってたか」
「そや」
「言い過ぎだろ」
「事実やないか。お前、持ち上げといて真上から突き落とす男やったからな。わりと誰に対してもな」

正宗のこう言った言動に悪意は無いことはわかっているが、遼太郎は複雑な思いだった。

「で、子供はいくつなん?」
「長女が今年3歳で、長男が1歳だ」
「ほぉ、2人も。写真ないの? 見せてや」

正宗は以前も遼太郎の彼女の写真をよく見たがった。学生の頃と変わらないな、と思いながらスマホのカメラロールから家族が写っているものを見せる。

「おぉ、かわえぇなぁ! 女の子の方は嫁はんに似てはるんかな。下の子はまだよぅわからんな」
「女の子は俺に似ないだろう」
「ほんなら下の子はそのうち遼太郎みたいなイケメンになるんやろな」

男の子が自分に似る…その言葉を遼太郎は複雑な思いで聞いた。
とある若い男の影が脳裏をよぎる。

「嫁はんはかわいい系やな。俺の知るお前の好みのタイプとはちゃうな。どこで知り合うたん?」
「…職場だ」
「社内恋愛か!?」
「彼女が退職後に、だけどな」
「変わらんやろ。辞める前から目ぇつけとったんやろ?」
「そんなことはないよ」
「でもほんま、よう腹括ったな。発作・・は起きへんの?」

"発作" とは正宗の言う『持ち上げておいて真上から突き落とす』こと…遼太郎の中で時折暴走する『破壊欲』を指す。
遼太郎は何も言えず黙り込んだ。

「俺はいっつも ”女の子たち、かわいそう“ 思て心の中で手ぇ合わせとったんやで」
「それはそれは」
「マゾな女ほどお前にのめり込んでいくさかいな、おもろいくらいに。俺んとこ何人も女の子来て『野島くんが冷たい』とか『仲良くなってから急に相手にしてくれない』言うて相談によう来とったの思い出したわ。俺に寝返ってくれる子もおらんくて」

そう言って笑った正宗を遼太郎は鋭い目で見たが、「おー、こわ。お前ようそういう目つきしてはったなぁ」という言葉の割には全く意に介した様子は無い。

「あの時確か、正宗に殴られたしな」
「それはかんにん。そやけどな、最悪なことしよったことは変わらへんやろ? ただな、お前みたいに女を取っ替え引っ替えできるやつ、最初は許さへん思うとったけど、実のところちょっと羨ましい思うとったん。俺はガタイはいいくせに気ぃ小さいからなぁ。お前みたいになんもかんもスマートでクールで、まぁ言い方変えれば冷淡なところ、憧れとったで」
「取っ替え引っ替えってなんだよ。それに冷淡って。褒められてる気がしないぞ」
「なんや京都もんみたいに捻くれとるな。俺はお前のこと心底羨ましい思うとるんやで。昔も今も」

遼太郎は複雑な思いで酒を口にした。





第2章#2 へつづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?