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【連載コラボ小説】夢の終わり 旅の始まり #13

彩子さんがスタッフと話したり、飛び入り参加した音楽仲間(?)と思しき透さんたちの友人がサックスやらフルートやらで即興演奏したり(後に透さんの緊張をほぐすための協力者だったと聞く)、彩子さんが視聴者に語りかける後ろで僕たちが肩慣らしで弾く、というのがしばらく続いた。

『肩慣らし出来ましたかね。そろそろ行ってみましょうか』

その声に透さんも僕も瞬時緊張が走る。
透さんの周囲にスタッフや音楽仲間らしき人が集まり、カメラ前という緊張をほぐそうとしていた。

僕はぼっちだぞ! でも負けられない。

一瞬、僕の知り合いの顔が浮かぶ。
実家の母や妹、そして父は観てくれているのかな、と。
あぁ、でもベルリンはまだお昼になるかならないかだった。観ているわけないや…。

まずはプリモ(1st)である僕からスタートだ。そしてすぐに透さんのセコンド(2nd)が入る。

しかしやはりつまづく。透さんが急激に緊張してしまった。

「透さん、これは普段通り。僕たち2人の時だけの最高の演奏と変わりないですよ!」

僕が透さんに伝えると、透さんは目を閉じた。そして再スタート。

今度はうまく導入出来た。
僕はすぐに本番放送であることを忘れ、音に夢中になった。透さんのパートとの絡みはどこも何も違和感がなかった。それは透さんも同じように感じていることは明らかだった。

途中から僕も透さんも、ちょっと笑いながら弾いていた。弾ける打鍵が、リズムが愉快だった。快速列車が走るような疾走感があった。たおやかなパートは共に流れていくようだった。

むしろちょっとズレたりたわんだりしても、僕はそれを拾ってあえて弄って遊んだ。
さすがの透さん、それについて来た。もう心配はいらないかもしれない。

遊べ、楽しめ、巻き込め。これはパーティーだ。
そんな思いが共有されている確信があった。

なんだろう、音楽の神でも降臨したのだろうか。
どのリハよりも、完璧に・・・息が合った。

フィニッシュで2人同時に腕を上げた時は、自分でも興奮と感動してちょっと震えたくらいだった。

僕の部屋は一人だけど、透さん側ではスタッフなどが拍手と歓声を挙げている声が響いていた。

透さんは完全に放心していたが。

* * *

深夜、ふと目を覚ました。

最高の演奏とライブ配信が出来たことでだいぶ興奮していたが、配信も終了して静かになって少しすると、一気に疲れが襲ったのか寝落ちしていた。ジャケットは脱いでいたからまだ皺にならずに済んだが、服は着たままだった。

寝ぼけ眼で着替えて歯を磨き顔を洗い、改めてベッドに入ってスマホを見た時、メッセージがいくつか入っていた。彩子さんから、母から、妹から。
そして、父から。

慌てて父のメッセージを確認すると、写真が送られていた。クリスマスマーケットのようだった。
正面に青い灯りでライトアップされたドーム型の屋根の…教会のような建物が写っており、その周囲にお店と、横に大きなクリスマスツリーが写っていた。
受信時刻はついさっきになっている。

僕は電話を掛けた。しばらく呼び出し音が鳴ったが、出た。

『なんだ、起きてたのか。あんな熱演の後で、興奮して眠れないのか?』
「え…、熱演って…もしかしてもう観たの?」
『観てたよ。ライブ配信って言ってただろう?』
「でもそっちは昼間でしょう? 仕事は?」
『クリスマス休暇で、休みを取っていたからちょうど良かったんだ』

まさか、だった。

「今、どこにいるの?」
『写真送っただろう。ベルリンのジャンダルメン広場というところのクリスマスマーケットだよ』
「やっぱりクリスマスマーケットなのか…本場はすごいな。あ、家族と一緒にいるの?」
『うん。俺は今はちょっと離れたところにいるけれど』

やっぱり、気まずいんだろう。家族の前で僕と話すのは。

「写真送ってくれるなんて珍しいね。でも送りたくなるほど綺麗な場所だなって思った」
『お前がこの前旅行していた時に、あちこちの写真を送ってきただろう? こっちは山とか海とか温泉とか無縁だから、ちょっと悔しくなって。たまにはこっちも対抗してやろうと思ってさ』
「あ…」

伊香保温泉や赤城山、茨城の太平洋の写真を送ったの、ちゃんと見てくれていたのか…。

『パパー!』

突如、子供の声が聞こえた。
通話口を塞いだのか、ガサガサしたくぐもった音が聞こえる。

『…すまない。娘が寄ってきた』

以前、娘はすごいお父さん子で、近くにいないと機嫌悪くなったり癇癪を起こしたりする、と聞いたことがある。

「電話切った方がいいかな」
『いや…』
『パパ、誰と話してるの? お仕事ならやめて!』
「やっぱり切った方がいいでしょ」
『少しなら平気だよ。梨沙、これは仕事の電話じゃないんだよ』

リサっていうのか。僕の…妹にあたるその子は。
陽菜と同じ、片親の違う、妹。

『娘も小さい頃、お前が弾いてるピアノの動画を流していた時に大人しく聴き入ったりしたんだよ』
「へぇ…。音楽がわかるのかな」
『…だけだったらいいんだけどな』
「? あ、それで、その、観てくれたんだよね。今日の配信」
『観たよ』
「…どうだった?」

答える前に小さな声で『梨沙、ママのところに戻って。すぐ行くから』と聞こえた。

『正直圧倒されたよ。すっかりミュージシャンだったな。あんなに楽しんで。しかもあんなテンポや息を合わせるのが難しそうな曲を離れた場所で合わせるなんて、プロだって難しいんじゃないか』
「一緒に弾いてくれた透さんって人がほぼプロみたいなものだから。そうだ、透さんって父さんとたぶん同い年なんだよ」
『彼がその、発達障がいを持っているって人か』
「そう」
『才能ってそういう人が発揮するんだろうな。さすがというべきか。でもお前も互角だったぞ。まぁ俺は “わかってない人間” だけどな』
「そうかな…、いや、ありがとう」

一瞬会話が途切れた。

「透さんと出会って、父親との関係がちょっと似ているところがあって。発達障がいのこともそうだし、なんかすごい人に出会ったなって思ってるんだ」
『旅とはそういうものだ。そこには思いがけない出会いが少なからずある。過去への旅も、未来への旅も』
「過去へも未来へも…って、どういうこと?」

父はそれには答えず続けた。

『出会いには意味がある。自分の目の前に現れる人は、必ず自分に何らかのメッセージを与える。それをちゃんと受け止められるかどうか。人は愚かだ。見ているようで見えてないものがたくさんある。敢えて目をつむることもある。けれどそうした時、失くしてから気付くもののなんと多いことか。時は二度と戻らない。どんなに大富豪が金を積んでも時間を戻すことは出来ない。過去への旅も未来への旅も時間を巻き戻したり進めたりすることではない。けれど歩いてきた道は残り、先の道は拓いていくもの。大切なのは "現在いま" をしっかりと見て振る舞えるかどうかだ』
「父さん…」
『俺はな、以前大切なものを失くしたことがある。二度と取り戻せない。悔しさで身悶えがしたよ。けれどそれは俺にメッセージを遺してくれた。俺はそれを伝える必要と…使命がある。俺の周囲の全ての人に対して。
だから桜子に連絡をして、お前と向き合うことを決めたんだ』
「父さんは…何を失くしたっていうの?」

やはり父は答えない。
自分の内側を簡単には明かしてくれない。

「俺、ドイツも旅したい」
『…前から言っているけど、好きにしたらいいだろう』
「父さんとまた一緒に酒飲みたい。出会いに意味があるのなら、失ってしまう前に、やりたいことがたくさんある」
『…』

どうして黙るんだ、と思った矢先、再び『パパぁ、まだなの!?』と声がした。

「娘はママのところに行ったんじゃないのか?」
『いや、さっきからずっと俺の脚にまとわりついてる。言うこときかないんだ』
「じゃあ…もう切るね」
『もう招待はしないからな。来たければ自分で勝手に来ればいい。酒ぐらいなら奢ってやるよ。…いや、お前が倍にして奢ってくれる約束だったな。果たしに来いよ』

そう言って電話は切れた。

僕はじわりと込み上げる嬉しさを噛み締めた。
それはライブ後の高揚感と違って、すぐにグッスッリと眠りに就くことが出来た。




#14(最終話)へつづく

Information

このお話はmay_citrusさんのご許可をいただき、may_citrusさんの作品『ピアノを拭く人』の人物が登場して絡んでいきます。

発達障がいという共通のキーワードからコラボレーションを思いつきました。
may_citrusさん、ありがとうございます。

そして下記拙作の後日譚となっています。

ワルシャワの夢から覚め、父の言葉をきっかけに稜央は旅に出る。
Our life is journey.

TOP画像は奇数回ではモンテネグロ共和国・コトルという城壁の街の、偶数回ではウズベキスタン共和国・サマルカンドのレギスタン広場の、それぞれの宵の口の景色を載せています。共に私が訪れた世界遺産です。

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