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【連載コラボ小説】夢の終わり 旅の始まり #14(最終話)

クリスマスイブ。実家で恒例のパーティ。

陽菜ひながケーキを焼くようになり、流石に去年よりは進歩したそれがテーブルに置かれた。
そしてフライドチキン、サラダ、子供用シャンパンなどが並ぶ。

「陽菜、お前サンタっていくつまで信じてた?」

妹に訊くと即答で「そんなの最初から信じてないよ」と言う。

「嘘だね。子供の頃、サンタさん来るの待ってたじゃない」

母がすかさず指摘する。

「小学校上がる頃にはもうサンタは家族の誰かだってわかってたよ」
「じゃあそれ以前は信じてたってことじゃないか」
「それが何なの?」

いや別に、と僕も別に大した気持ちで訊いたりはしていない。
取り直すように母が言う。

「それにしても稜央、昨日のピアノライブ、すごかったね。演者があまりにも楽しそうにしているから、こっちもなんか愉快になって。ね?」
「うん。向こうで弾いていた人、めっちゃイケメンだったし」
「あら、お兄ちゃんだって結構イケメンでしょ?」
「系統が全然違うよ。お兄ちゃんは日和ってる。向こうの人はなんか本当にモデルさんみたいで。イケオジ!」
「日和ってて悪かったなぁ」

母が呆れ笑いする。僕は彩子さんにメッセージを送った。

メリークリスマス。昨日のライブはこちらもとても好評でした。透さんはその後、大丈夫でしたか?

するとすぐにビデオ通話がかかってきた。2人とも家でクリスマスを祝っている最中だったらしい。
透さんが穏やかな笑顔で言った。

『川嶋くん、どうもご心配をおかけして。かなり緊張してムズムズした気持ちもあったんだけど、汗もかいたし爽快感も強くて、何とかペイペイに持っていけそうな感じだよ』
「それは良かったです。妹が透さんのこと "イケオジ" って言ってます」

そう言うと陽菜はテーブルの下で僕の脛を蹴った。画面の向こうでは苦笑いする透さんに、大笑いする彩子さん。

『昨日の配信をちょっと強引に進めたのはね、透さんのエクスポージャーもそうだけど、川嶋くんの目的も叶えるためだったのよ』
「僕の目的?」
『音楽を届けて行こうって、話したじゃない』

あ、そうだったのか。
僕の弾く姿を、父さんに見せるための機会を作ってくれたってことなのか…。

「彩子さん、やっぱりあなたの企画は荒治療です」

僕が言うと彩子さんは笑った。後ろで透さんも『本当だよ!』と叫んでいる。

『もう観てくれたかどうか、訊いた?』
「はい。なんとリアタイしてくれてました」

彩子さんは破顔し、透さんの方を向いて再度笑みを浮かべた。

『良いもの届けられたって自負があるのよ、私には』
「それはもう、伝わってます。ありがとうございました」
『とはいえ良いものを作り出したのはアーティストであるあなたたち自身だから』

そうして再び透さんの方を向き、笑った。

「僕も透さんも上手いこと乗せられましたね。でもありがとうございました。あ、せっかくのクリスマスを邪魔してはいけないので、切りますね」
『あら、今さらそんなこと気にしないでいいのに』
「僕も今、実家なんです」
『そうだったの。じゃあメリークリスマス。それと、良いお年を!』
「良いお年を」

電話を切ると母がケーキを取り分けながら言った。

「ちょっと前にあんたが一人旅に出た時に知り合ったって言ってたっけ」
「うん」
「なんか始めは、一人旅に出るなんて今までなかったからちょっとびっくりしたんだけど…ちゃんと帰ってきたし、いい出会いもあったみたいだし」
「うん、いい旅だったよ。父さんのお陰」
「お父さんの…そうなの」

不思議だよね。僕が母さんと父さんを繋いでいる。
2人はおそらく、直接会うことはもう二度とないだろうに。

「僕がドイツに旅したいと言ったら、父さん "好きにしろ" って言ってくれたから、今度行ってくるつもり」
「そう…」
「母さんは、嫌?」
「何が? ドイツに行くのが? お父さんと会うのが?」
「両方」
「別に…嫌じゃないわよ」
「陽菜もパパにはたまーに会ってるしね」

陽菜がそう口を挟んできた。

「自分にとってはたった一人のパパなんだし、ママは寛大な心を持っているんだから、好きに会いに行ったらいいんじゃないの」

子供のくせに何様なんだという口調だが、救われる言葉だった。

「ね、ママ」
「うん、そうよ。本当に」

父の発達障がいの家系については、結局言わずじまいにした。
まぁまだ言わなくてもいいかと思った。問題が起こっているわけじゃないし。

むしろ母や陽菜には関係がなく、これは僕だからこそ持つ "課題" なんだ。
健常と障がいの境界線に立つ僕と、そして父の。

父が何を失くして、その考えを変えたのか…僕をワルシャワに呼ぶきっかけを作ったのかはわからない。

『生きていればそりゃ色々あるだろう。仕事だって、時には家のことだって』
いつか、父がそう言っていた。

それはそうだ。
生きていれば、色々ある。

けれどきっかけはどうであれ、旅によって過去のトンネルをくぐり現在を紡ぎ、未来を拓いていくのだと教えてもらった。

出会いの全てに意味がある。確かに。
例えば今回の透さんと彩子さん。

様々な思いと葛藤を抱えながらも生きる者同士が出会うことによってシナジーが生まれて、道が拓かれていくことを教わった。

それまでも…小学校の音楽の先生、学生時代に付き合った彼女、ピアノ教室の講師…。
そして父。
出会いの全てに意味がある。

夢見る頃を過ぎた僕は、旅に出る。
知るための旅に出る。


知ることは時に悲しみでもあるが、知ることよって無から愛にも変わる。

透さん、彩子さん。
身近な問題だけど見えない世界を見せてくれてありがとう。

父さん。
僕に旅を教えてくれて、ありがとう。





END

Information

このお話はmay_citrusさんのご許可をいただき、may_citrusさんの作品『ピアノを拭く人』の人物が登場して絡んでいきます。

発達障がいという共通のキーワードからコラボレーションを思いつきました。
may_citrusさん、ありがとうございます。

そして下記拙作の後日譚となっています。

ワルシャワの夢から覚め、父の言葉をきっかけに稜央は旅に出る。
Our life is journey.

TOP画像は奇数回ではモンテネグロ共和国・コトルという城壁の街の、偶数回ではウズベキスタン共和国・サマルカンドのレギスタン広場の、それぞれの宵の口の景色を載せています。共に私が訪れた世界遺産です。
どちらもお勧めの旅先です。

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