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【連載コラボ小説】夢の終わり 旅の始まり #5

彩子さんが真面目な顔つきになって言った。

「失礼なことを訊いてしまうかもしれないけれど…川嶋さんのお父様は、発達障がいをお持ちなの?」

「父の家族がそうだって話していました。確か…弟がASD(自閉症スペクトラム)って。父自身はグレイだって言ってました。遺伝するから僕もその可能性があるって言われたんですけど、今までそう診断されたことはないです」

「…君のお父さんはもしかしたら僕と似ているかもしれない」

「…どういうことですか?」

「僕はADHDの気質があるんだ。注意欠如・多動症と言われるもので、ASDと同様の発達障がいだ」

「えっ…!? そうなんですか…。全然わからなかった…」

「君のお父さんが瞬発的に感情を爆発させるのも、その辺りに起因しているのかもしれないね」

「普段はそんなことあまりないみたいなんです。ちゃんと仕事もしているし役職も就いてます。でも僕が現れてから変なスイッチ入れちゃったんじゃないかって…。僕の母と別れた時、やはりそういう風に『どうしてあんなにプッツリ気持ちの糸が切れたのかよくわからない』って父は話していて、父にとって母との関係を想起させるようなことが、そういう感情のスイッチを入れちゃうじゃないかって」

う~ん、と彩子さんは腕組みをした。

「そういう話を父はワルシャワでしてくれました。今はドイツで暮らしていますし、父には別の家庭もありますから滅多に会うことは出来ません。それで余計に不安で心配で…。父が突然消えてしまう気がして」

透さんは真剣な顔をして言った。

「彩子…僕には川嶋くんの不安な気持ちがわかる」

うん、と彩子さんは透さんの腕に手を添えた。

「確かに気がかりになるわよね…。お父様自身はグレイだとおっしゃっていたみたいだけれど、はっきりと診断されたわけじゃないのね。症状はスペクトラムというくらいだから、グラデーションがあると言うけれど」

「僕も父に言われるまで、自分にも可能性があるなんて考えたことなかったです…」

しかしあの時そう言われてから思い起こし調べてみると、確かに子供の頃は周囲に同調することが苦手で友達はあまりいなかった。自分の縄張りに人が入ってくるのもすごく嫌だった。
イライラする事も多く、クラスメイトを威嚇したりもした。

それが発達障がいに起因かどうかはわからない。今までこれっぽちも思ったことはなかった。

けれど僕も怒りの沸点に達した時…父さんと似たような状況に陥ってなかったか。
それはやはり、遺伝、なのか。

「川嶋くん、実は僕たち…発達障がいというよりは、今僕が抱えている "強迫症" がメインとはなるんだけれど…YouTubeで勉強会のような動画を発信しているんだ」

「強迫症…ですか」

「なにか一つのことが気になると頭を離れなくなって異常な行動に出てしまったりするんだ。僕の場合は、例えば自分の言動や態度が誰かに対して失礼にあたらなかったか気になりだすと居ても立ってもいられなくなる。何度も謝ったり、それでも満足できない時はわざわざ舞い戻って謝ったり」

「度を超えた考えや思いが頭の中を占めてしまって、結果どう考えても行き過ぎだという行動を繰り返してしまう…。強迫観念と強迫行為からなる病気のことなの。"とらわれの病" なんて言われ方もされているのよ」

「彩子が根気よく僕の治療に付き合ってくれて、だいぶ善くなって来ているんだ。まだまだ克服しなければいけないことは残っているけどね」

「そういった治療の経過で得たことや経験を活かして、同じ病気で苦しむ人たちのヒントにしてもらったり、交流の場として悩みや思いを共有できるような場を作ってるのよ」

「悩みや思いを共有…」

「発達障がいを持つ患者さんはね、そういった "二次障がい" を抱えている人も少なくないの。グレイゾーンで悩まれている方も、他の症状を併発している可能性もあると思うわ」

そういや父さんも、弟がそういう集まりに行くようになって、だいぶ落ち着くようになったって話してたっけかな…。

弟はいいかもしれないけど、父さん自身はどうなんだろう。

あの人はすごく孤独を感じているのではないかと思っている。

一家の主人であり、職場では役職者として、自分以外のたくさんの人に対して責任を負っている。
そういう人は大抵孤独なものだ。
でもあの人はそれだけが要因じゃない。

あの人は…他人に助けを求めない。
自分は他人のためにあれもこれもするくせに。

だから僕は、あの人を守りたいという思いが湧き起こった。

「その配信…僕も観ていいですか」

彩子さんも透さんも破顔して「もちろん」と言ってくれた。そういったこともあり、僕たちは連絡先を交換した。

僕は今入手した様々な情報を伝えたくなって再び父にメッセージを送った。

電話で話せないかな

けれど、すぐに既読がつかなくなってしまった。ベルリンはランチタイムを過ぎてしまったか。

「父さん、仕事に戻っちゃったかな…」

もどかしい。
時差なんて! 国境なんて! 昼と夜が反対の世界なんて!

僕があまりにも悲痛な顔をしていたのか、2人とも言葉少なになってしまった。
気を取り直すように彩子さんがわざと明るい声を出した。

「そうね、さすがに平日だし。お父様もサボる訳にはいかないでしょうしね」
「もし連絡が来て何か話したいことが出来たら、その時また僕らに知らせてくれたら良いから」

スマホを覗き込んだままの僕に彩子さんは声を掛けた。

「それ、お父様?」

スマホの画面にはワルシャワで唯一、父と一緒にセルフィーを撮った写真が表示されている。
ワジェンキ公園の芝生の上。

「よく似てるね。というかそっくりだな! 川嶋くんは随分イケメンだなって思ってたけど、お父さん譲りなんだね」

“イケメンな” 透さんも覗き込んで言う。

「何だか雰囲気を纏った方ね。色々なご経験が滲み出ているような。だからかとても優しそう。うまく言えないけれど…」
「休日で私服着ているからかもしれないです。仕事帰りの…スーツ姿を見たことがありますが、全然雰囲気違います」
「さすがにそれはお仕事モードだからでしょう」
「そもそもその時は、僕たちが最悪な状態だったからかもしれないですけど…」
「でもそれがこうして…2人とも穏やかな笑顔になれるまで関係が修復されたって…すごいことだと思うよ」
「…」

俯いたままの僕に透さんが「時の流れは無情ではないことだって沢山ある」と呟くように言った。

* * *

既に閉めたとはいえ店の閉店時間をとうに過ぎており、彩子さんがオーナーに謝っていた。羽生さんというらしかった。

「いいんだよ。旅人なのに二度も訪れてくれて…、それに何だかすごい偶然もたくさんあったようだし…これもご縁だろうから」

「川嶋さん、この後はどうされるの?」

「そうですね…もうこんな時間だし、どこかビジホ取って、明日早めに出ようかなと思います」

「旅ももう終わるのかな」

「はい、明後日から仕事なので」

「そうか…。Y県から来たと言っていたっけ。遠いわよね」

「そうですね、近くはないです」

「でも今は離れていても繋がることは簡単だから。あなたのお父さまがドイツに居ながらも連絡が取れるようにね。こっちはたまにZoomで交流会も開いているから、良かったらそちらにも顔だしてみてください」

「はい、ありがとうございます」

「川嶋くん、今度会う時は僕と連弾をしようじゃないか」

「連弾!? いやぁ…まぁ…機会があったら…」

2人はニコニコとして僕を見送った。

* * *

店を出て、澄んだ空の星空を見上げる。
ベルリンはまだ太陽の下だ。

まるでギリシャ神話のオリオンとサソリのように、追いつけない追いかけっこをしている気分になった。




#6へつづく

Information

このお話はmay_citrusさんのご許可をいただき、may_citrusさんの作品『ピアノを拭く人』の人物が登場して絡んでいきます。

発達障がいという共通のキーワードからコラボレーションを思いつきました。
may_citrusさん、ありがとうございます。

そして下記拙作の後日譚となっています。

ワルシャワの夢から覚め、父の言葉をきっかけに稜央は旅に出る。
Our life is journey.

TOP画像は奇数回ではモンテネグロ共和国・コトルという城壁の街の、
偶数回ではウズベキスタン共和国・サマルカンドのレギスタン広場の、それぞれの宵の口の景色を載せています。共に私が訪れた世界遺産です。

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