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【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Childhood #13

そうして小学校を卒業し、中高一貫教育でドイツを始め数カ国に提携校のあるグローバルな私立中学に進学した梨沙。既にドイツ語と、英語も少々使うことが出来ている。

帰国によってドイツの小学校で習うことが出来なかったホロコースト、加害者のとしてのドイツのあり方について、遼太郎から改めてドイツの背負う戦争責任や、それが基となっている今日こんにちのドイツの教育や政治など欧州の中心として担う役割等についてなどを梨沙に教えた。

16年の長きに渡って政権を担ったアンゲラ・メルケルについてもよく話した。彼女のお陰でドイツは欧州の中心となったこと、アウシュヴィッツを訪れた(ドイツの首相としては3人目となる)際のスピーチ*(巻末に動画あり)のこと、難民受け入れでドイツ国内でも二極化が顕になったことなど。

梨沙の関心も強く、真面目に父の話を聞いた。

「パパはどうしてそんなにドイツが好きになったの?」

梨沙がそのように尋ねた時、遼太郎はどこか遠い目をして話し出した。

「どうしてかな。あまり考えたことなかったな」
「じゃあ何がきっかけで好きになったの?」
「それはね…大学の弓道部にドイツ人の男がいたんだ」
「そんな人がいたの? っていうか弓道部?」

遼太郎は昔を懐かしむように目を細め、自身の中のドイツについて語りだした。

弓道部なのにはっきりとしたゲルマン顔の長身の男が、非常に美しい姿勢で弓を引く姿に惹かれ、仲良くなったという。
その友人にドイツ語を教えてもらったり、ドイツ人のコミュニティに連れていてもらったりしたという。
さすがに娘には、当時付き合った女の子がドイツ人とのハーフだった、とまでは話さなかったが。

「彼のお陰で多くのドイツ人や縁のある人と知り合いになれて、その人たちと日本とドイツの共通点や相違点について、随分と熱く語ったりしたんだよ。それで俺ものめり込んで原文でヒトラーの『我が闘争』を読んでみたりして」
「読んだの? どうだった? 私も読んだ方がいい?」
「つまらなかった。読むなとは言わない。お前に任せる」

そう言って遼太郎は笑い、続けた。

「それでもやはり、ヒトラーが台頭するきっかけにもなった第一次世界大戦から、民主的にヒトラーが選挙で選ばれ、少なくとも熱狂的に受け入れられた時もあったんだ。それが第二次世界大戦でドイツは世界中を敵に回した。まさに末代まで、ドイツはその戦争責任を負うことになった。並行してドイツにはソ連・アメリカ・イギリス・フランスと4つの国が介入し、分断した。同じ国民を分け隔てる壁が突如としてベルリンに現れた。アメリカがついた西ドイツは自由が、ソ連がついた東ドイツは政府主導で民衆が互いを監視し、反政府勢力を潰していった。けれど40年後、ポーランドに始まった東欧の民主化の波に呆気なく呑まれた。…なんか面白いじゃないか、そういう国って。もがいて、あがいて、徹底的で、でも儚い」

梨沙は真剣な眼差しを向け、黙って話を聞いている。

「そのうちにドイツに縁がある仕事ができないかと思うようになって」
「それで今の会社を選んだのね」

遼太郎は有名大学を出たが大手企業には入らず、比較的規模は小さいがドイツを始めとするいくつかの国と関わりのある企業を選んだ。

入社当初から優秀でリーダーシップを発揮した遼太郎はドイツ滞在中に部長待遇から執行役員に就任したが、帰国の翌年に起業のために退職している。現在はコンサルやデータサイエンティストを抱える会社の経営者、社長である。
ただ、元いた会社は顧客になっているし、以前縁の出来た大企業の深山グループとも取引があって、若く小さな会社の割には大きな仕事を抱え、順調な滑り出した。

梨沙は小学5年で帰国した時点で、ベルリンに帰りたいと思っていた。しかしまだ叶えられそうにないため、せめてもの思いで高校に上がったら提携校であるドイツのギムナジウムへの交換留学を熱望した。

日本の学校は様々な "雑音" が聞こえてくるが故に居心地が悪かったり、自身の喜怒哀楽の激しさでやや浮いてしまう存在だったこともあって、幼い頃から強く感性を刺激されているドイツの方が居心地が良かった。

また、それは大好きな父にもっともっと近づきたいという思いがある。父が話してくれたドイツの紆余曲折を、自分ももっと知りたいと思った。

***

一方で梨沙と母・夏希の関係は思わしくない。

小さい頃から仲が良かったわけでもないが、成長し思春期が近づくに連れ、梨沙は母を嫌悪さえするようになる。

いつも優しく、梨沙のことを全面的に受け入れてくれる父に甘えている、ということもあったが、逆に現実的なことを言う夏希に嫌気が差していた。
また、遼太郎が夏希と仲睦まじくしているところを見ると、嫌な気持ちになった。
独占欲も強い梨沙…父親を取られたくないと思っているのだ。

いつだったか遼太郎に「ママや蓮にも、俺に向けるみたいにちゃんと笑いかけてあげて」と言われたことがあって努力はしてきたが、本音には逆らえない時が多々ある。
隆次の忠告や教えにもあったように、嫌な気持ちを発散させる前に、遼太郎からプレゼントされた腕時計にそっと触れ、10まで数えるようにして気持ちを鎮めるようにするものの、感情の発生は幾度も湧き上がり、やがて疲弊していった。時には泣きたい気持ちにさえなった。

夏希の職場は女性ばかりだったため周囲に娘と父親の関係について聞いてみると、

「うちの娘も小さい頃は “パパと結婚するー!” なんて可愛らしいこと言ってたかしらね。今は同じ空間にいるのも嫌とか言ってる」
「うちは昔から好きでも嫌いでもない風よ。反抗期もなかったわね」

どれも一概には言えない。

「野島さんの娘さんも中学上がったばかりでしょう? 来年辺りからはお父さんのことなんて見向きもしなくなってるわよ」
「結局同性だからこそ言える事とか、これから増えて行くから、自然と父親から離れて母親に寄ってくるわよ」

そんなものかなとその時は思ったが、結局同僚の予想は外れ、むしろ拍車をかけて梨沙は夏希と距離を置くようになっていった。





#14へつづく


アウシュヴィッツ・ビルケナウ基金 創立十周年記念式典
ドイツ首相アンゲラ・メルケルの演説


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