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【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Father Complex #4

シャワーを浴び終えた遼太郎が寝室に行くと、梨沙は既に自分のベッドで眠っていた。昼間の怒りで相当疲れたのだろう。

しかし遼太郎がベッドに入るともぞもぞと起き出し、父のベッドに潜り込んできた。

「あぁ、ごめん。起こしちゃったか」

梨沙は黙って首を横に振り、抱きついてきた。

「ぎゅってして」
「毎日飽きないね、お前も」
「家の中だったらいいんでしょ?」

よくないと言ったって梨沙は態度を変えないだろう。遼太郎は両腕で梨沙の身体を包むと言った。

「梨沙は今まで好きな人出来たことあるのか?」
「私はパパが好きよ」
「そうじゃなくて」

梨沙も「そうじゃなくて」と言い返したかったけれど、合わせることにした。

「別に…そういうのっていないといけないもの?」
「いけなくはないけど」

逆に梨沙は訊く。

「パパはママのどこが好きになったの?」
「どこがか…難しいな」
「パパはカッコいいからすごくモテたでしょ? どうしてママを選んだの? ママ、別にすごく美人なわけじゃないし」
「こら、そういう言い方をするんじゃない。それに美人かどうかなんていうのは問題じゃない。まぁ…そうだな。元部下ってこともあったし…守ってあげなきゃって思う可愛らしさと、その反面意志がとても強いところとか、そういうギャップに惚れたかな」
「ふ〜ん…」

梨沙は傷ついた。そんな言葉、聞きたくなかった。質問したのは自分なのに。ただそれは、梨沙も非常に似ているとは気づいていない。
遼太郎の身体に巻き付けた腕に力を込めた。

「梨沙だって相当な美人だと思うぞ。声かけられたりしないのか?」
「されてる。でもほとんど無視してる。みんなくだらないから」
「手厳しいな」
「薄っぺらなのよ。パパみたいな人、全然いない。私、パパみたいな人が現れるまで好きな人なんて作らない」
「嬉しいけど…なんか複雑だな」
「ママが羨ましい。どうして私、もっと早く生まれてきてパパと出会わなかったんだろう。もし出会ってたら、絶対逃さなかった」

遼太郎は大声で笑った。

「おかしなこと言うな。ママがいなかったらそもそも梨沙は生まれてきてないんだぞ」

梨沙は大きくため息をつくと、遼太郎の胸に頬を寄せた。
鼻から父の匂いを吸い込む。
小さい頃から嗅いできた、安らぎの匂い。

「Gute Nacht(おやすみ), Papa」

梨沙は遼太郎の頬にキスをした。

「Schlaf gut.(ぐっすりおやすみ)」

幼い頃からそうだったように、怖れや不安、この世の嫌いなもの全てから逃れられる唯一の場所として、父の腕の中で安心して目を閉じた。

***

翌日の学校で梨沙は徹底的にEliana を無視した。
代わりにYasminには謝った。自分が悪いと思ったら謝る。それも父から教わったこと。

「昨日は大騒ぎしてごめん」
「ううん、落ち着いたのね。良かった。今度リサの素敵なパパに会ってみたいわ」
「私のパパはいつもキリっとしていて、すっごくイケメンで頭がいいの。スマートだけどガリガリじゃないし、神話に出てくるどんな神々よりも綺麗な身体をしているの」

梨沙は自慢げに言い、Yasminは苦笑いした。神話の神々を引き合いに出して、しかも体つきの話をするとは。

「羨ましい。うちのパパも素敵な人だけれど、身体がとても大きくてお腹も出ているから」
「あまりにもカッコよくて好きになっちゃうかもよ」
「ならないわよ、大丈夫」
「会わせてもいいけど絶対に好きになっちゃダメだよ」

大げさな表現にYasminはやれやれ、と呆れた。

梨沙は遼太郎との食事の時間を確保するために課題を学校の自習室で終わらせることを習慣化しようと決めた。
授業後に真っ先に自習室へ向かう梨沙を見てYasminは感心した。

「リサ、ずいぶん勉強熱心じゃない?」
「うん、パパの仕事の邪魔にならないように、1人の時間を確保出来るうちに片付けられるものは片付けて置こうと思って」
「えぇ…偉いわね! 私も見習いたいから、邪魔しないようにするから隣で勉強してていい?」

梨沙は「おしゃべりしないのならいいよ」と了承した。

しかしYasminは成績も優秀だったため、結局は彼女に助けられる形で課題をこなしていった。

「ね、Yasmin。前も話していたけど、パパと仲良くするって、おかしなことじゃないよね?」

おしゃべりしないならいいよと言っておきながら人がいると集中できないのか、しばしば梨沙はペンを止めた。

「全然おかしなことじゃないわ」
「Yasminのとこも仲良し?」
「えぇ、うちはパパとママ、お姉さんとお兄さん、弟、それにおばあちゃんがいるけれど、みんな仲良しよ。家族には毎日電話してる」
「Yasminとママも、仲良し? 弟とも?」
「もちろんよ。ママは一番の相談相手になってくれるでしょう」

そうか、普通は・・・そうなのか、と梨沙は思い、黙る。

「リサはママとは離れ離れだもんね。それで少し寂しいの?」
「全然。パパが居るから全然寂しくない」

Yasminはキョトンとしたが、あまり深く考えずにテキストに目を落とした。

結局Yasminはその日の課題をすべて終え用事があるからと帰っていっても、梨沙はまだ課題を終えることが出来ずにいたので、しばらく一人残って問題を解いていた。

そこへフランス人のクラスメイトの男性がやって来る。

「まだいたの?」

彼はYasminと同い年の大学生だ。クラスの大半は大学留学前の語学履修としてこの語学学校に来ているが、まだ高校1年生の梨沙は圧倒的に若かった。アジア人差別も多少なりあるが、日本人といえばアニメ等のオタクな人たちは特に好意的に接してくる。彼も恐らくそんな一人だ。

梨沙は咄嗟にキッと睨みつける。

「そんな怖い顔しなくたっていいじゃない」
「何の用? 今忙しいんだけど」
「Yasminとはずっと喋っていただろう」
「一緒に勉強していて、教えてもらっていたのよ」

梨沙の中のセンサーが警戒モードで作動する。

「僕も教えてあげようか?」

そう言って彼が更に近寄ってきた時、梨沙は睨みつけながら避けた。

「やめて! 近寄らないでくれる?」

あまりにもあからさまで大げさな態度に、彼は驚いて目を丸くすると、肩を竦めて去っていった。

こんな風に梨沙はやや必要以上に男子学生…男性を警戒した。男性を苦手に感じていた。
好意を持って近寄ってくる異性に対して、どう接していいかわからない。
いや、それより嫌悪の方が先に立つ。触れられるとおぞましい。
仲良くしている人であれば問題ないのだが、そうでない場合は混み合った場所で身体が触れ合うのも、相手が男性だと非常に不快だった。

そもそも仲良くしている男性は身内以外はいない。叔父の隆次と、父の遼太郎だけ。
母方の叔父の春彦や弟の蓮は…身内である場合はそこまで警戒モードは作動しないのだが。

かといってレズビアンというわけでもない。女友達に対して恋愛感情を持ったことはない。ただ外では女性同士でいる方が安心出来た。

彼女の気質は、こういったところでも現れるようだ。





#5へつづく


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