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Berlin, a girl, pretty savage

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遼太郎の娘、野島梨沙。HSS/HSE型HSPを持つ多感な彼女が日本で、ベルリンで、様々なことを感じながら過ごす日々。自分の抱いている思いが許されないことだと知り、もがく日々。 幼…
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2023年7月の記事一覧

【連載小説】あなたに出逢いたかった #42

梨沙は何度かメッセージを送るが、稜央からの反応はない。 父親とよく会っていたという陽菜、父親の存在を知らないという稜央。 逆ならまだわかる。2人の歳の差は10歳。 陽菜が生まれるまでの10年間、稜央は父親と離れて暮らしていたと言うのだろうか? それが陽菜の言う『我が家はちょっと複雑なので』ということなのだろうか? もしくは…稜央は嘘をついている。父親を知らないという嘘。 でも、だとしたら何のために…? 稜央がどこかのタイミングで、梨沙の父親が遼太郎であることを知った、あ

【連載小説】あなたに出逢いたかった #39

梨沙は茫然と、部屋の鏡に映る自分の顔を見つめていた。いや、自分の顔を見ていたわけではない。 あの時、稜央の友人が彼を呼んだ。 その苗字に引っ掛かった理由を思い出していた。 “どうする、川嶋” 稜央に父親はいない。 ということは、母方の苗字の可能性が高い。その母は、遼太郎と同い年。 思考が四方八方から矢のように脳内を飛び交う。心臓が大きく音を立て始める。 年賀状の癖のない美しい文字と、遼太郎の隣で長いブロンドのポニーテールを揺らし、はにかんだように笑う少女のスナップシ

【連載小説】あなたに出逢いたかった #38

「えっ…」 ハンドルを握る手のひらが汗でじんわりと湿っていった。梨沙はすがるような目で稜央を見つめている。 「わかってます。私が女子高生で稜央さんとは歳が離れていますし、まだたった3回会っただけで私が一方的だってこと。でも…」 「…でも、なに」 梨沙は小さくため息をついてから、言った。 「今までずっと好きだった人がいたって言いましたよね。その人とは絶対に報われないとも。今まで他の男の人なんて全然目に入ってこなかったのに、稜央さんだけは違ったんです。このところお話してき

【連載小説】あなたに出逢いたかった #37

渋い顔をしていた遼太郎は、夏希が説得を始めた事に少々驚いているようだ。 「駅の商店街にある喫茶店で会うって言ってるから。それだったらそんなに遠くまで行かないし、人目もあるからまだ大丈夫でしょ? やり取りも見せてもらってる。そんなに頻繁に会える距離でもないし、向こうもお正月でも会えるなら構わないって言ってくれてるみたいだし…せっかくの機会だから。ね、梨沙も遠くに行かずに、そこのお店で会うようにして」 「うん」 「でも…」 「梨沙はベルリンへの留学だってそれほど大きな問題もなく

【連載小説】あなたに出逢いたかった #36

1階に降りた梨沙は、客間に入る前に玄関に近い廊下の隅で1本のメッセージを打った。 稜央がこの年末、どこへも旅に出ないということは陽菜を通じて知っていたし、事前に年末年始に田舎に行くことは伝えていたが、どのタイミングで抜け出せるかはっきりしなかったため、一か八かの打診となった。 稜央からの返信はすぐに来た。 大丈夫では全く無いのだが、稜央に会えるのならいくらでも、いくらでも嘘を付くしかない。 しかしそこで稜央からの返信は途絶えてしまった。だめですか、と続けて送ったが、既

【連載小説】あなたに出逢いたかった #35

母屋に戻ると夏希は台所で年越し蕎麦の支度を手伝っているところだった。祖母が海老や野菜の天麩羅を揚げている。年寄りは遅くまで起きているのが辛いらしく、夕食のタイミングで食べるという。はしゃぎすぎて疲れ、客間で寝ていた蓮も起きてきた。 そうして祖父も揃い、家族6人が介した。自分の両親を前にすると遼太郎の表情が幾分固くなる。 湯気を立てた蕎麦の器が目の前に置かれる。梨沙は魚介は嫌いだが海老の天ぷらは別だった。ただ天ぷらが汁に浸かってしんなりとするのが嫌いで、蕎麦の上からすぐに皿に

【連載小説】あなたに出逢いたかった #34

遼太郎の実家のある県は日本海に面しており、数年に一度は豪雪となることもある。 年末に寒波がやって来るという予報通り、駅に降り立った時は既に視界は白く煙り、風がごぅっと鳴っていた。 移動は乗り換え乗り換え、ドア・ツー・ドアで4時間近くかけて陸路で来た。電車の好きな蓮のためだ。飛行機なら1時間半ほどだから空路と陸路と分かれて移動の案も出たが、結局全員揃って移動することにした。 長い道中、梨沙はドイツにいる陽菜から届いていたメッセージにまとめて返信した。数日前からドイツ旅行中の

【連載小説】あなたに出逢いたかった #33

長い長い稜央へメッセージを送った翌日、タイミングを合わせたかのように陽菜からのメッセージが届いた。 梨沙が稜央と連絡先を交換したのは、陽菜は知らないはずだった。稜央からも今後は陽菜ではなく自分に話して欲しい、と言われていた。横浜の一件以降、陽菜とのやり取りも一旦目的がなくなったかのように途絶えていた。 年末の旅行…。もうそんな季節。 そういえばこちらでも、既に中学3年生・蓮の進路が決まっていたので、今年の旅行はどうしようという話が挙がっていた。が、最近遼太郎が相当慌ただし

【連載小説】あなたに出逢いたかった #32

稜央さん。 私が本当にあなたに話したかった事を伝えます。『助けて欲しい』と言った理由についてです。ようやく気持ちが固まって来ました。上手く言えるかわかりません。不可解に思うかもしれません。でも読んでもらえたら嬉しいです。 まず最初に、私は発達障害を持っています。以前私には共感覚や感覚過敏があるとお話しましたが、その根源はここにあるかもしれません。 日本ではハッキリ診断されませんでしたが、ドイツにいる時にASDとADHDだと言われました。これは私の父の家系の影響で、遺伝の可

【連載小説】あなたに出逢いたかった #31

遼太郎は立ち止まり、大きなユリノキを見上げて言った。 「ここにしよう」 公園の南端にある広場で、視界の先には東京湾に注ぐ大きな川が緩やかに流れ、空港を飛び立った飛行機が頭上を横切っていく。 胡座をかく遼太郎のすぐそばに梨沙も腰を下ろした。遼太郎はトートバッグからゴム弓を取り出す。 「弓を持つ手…左手のことを弓手、弦を引く右手のことを馬手という。弓を引く時、弓手は弓を握るのではなく、押すんだ。こんな風に」 遼太郎は実践して見せる。「やってごらん」 梨沙も真似してみる

【連載小説】あなたに出逢いたかった #30

一方、11月に入った稜央の地元では、あちこちで紅葉が見頃となっていた。 実家の近所には楓の並木があり、鮮やかなオレンジから赤に色付き、週末は地元民に加え観光客も散策する姿が見られた。 横浜から2~3週間くらい経った頃から、梨沙からのメッセージがポツポツと届くようになった。以前のように情熱的にグイグイ来るメッセージではなく、日々の仕事の疲れを労ったり、ちょっとした出来事を伝えてきたりと、控えめなメッセージだ。稜央もあんな事を言った手前、出来る限り返信するが、彼女に対するいじら

【連載小説】あなたに出逢いたかった #29

11月に入ってすぐ。都内は木々が色付き始めている。 梨沙の高校もまた、文化祭を迎えた。 * 今から遡ること2週間前。 S高校の文化祭以来ギクシャクしていた3人を、梨沙は休み時間に校舎の外に呼び出した。香弥子や隆次のアドバイスを実行しようとしていた。 まずは素直に「この前は嫌な言い方してごめん」と謝った。2人は今更、といったような呆れた顔をしたが、1人は頷いた。 「私さ、カーっとなると抑えられなくなって、言葉とか態度にすぐ出ちゃうの。気分もさ、すごく盛り上がった次の瞬間ぷ

【連載小説】あなたに出逢いたかった #28

香弥子が洗い物と茶の用意をする間、やはり前を向いたままの隆次が 「梨沙もようやくちち離れか」 と言った。 「聞いてたの?」 「聞こえただけで聞いていたわけじゃない」 「ヘッドフォンの意味」 「ノイキャンなだけだよ。話し声を全く遮断しているわけじゃない」 「言わないでよね」 「誰に? 兄ちゃんにか? 言うわけ無いだろ。兄ちゃんにとっては喜ばしいことだけどな。やっと梨沙から解放されるってな」 解放なんて酷い言い方だと梨沙は思った。親子なんだから、縛り付けあっているわけでも

【連載小説】あなたに出逢いたかった #27

「あら、梨沙ちゃん。久しぶりじゃない。留学どうだった?」 18時になると本当に香弥子が帰って来て、ヒジャブを外しながら破顔した。 「香弥子さんに話したいことがあるんだってよ」 と隆次。彼は妻を「香弥子さん」と呼ぶ。 「あら、どうしたの改まって」 改まってしまうと何も言えなくなる。もじもじとする梨沙に香弥子は 「そうだ。晩ご飯うちで食べていく? 大したものじゃないけど」 と笑顔で言った。隆次の方を見るが、背を向けた彼はPCに向かったまま何も言わない。 「いいんで