無類の不器用な私がクリスマスに一度だけライブに出演して灰になった話
クリスマスと聞くと思い出すことがいくつかあります。
まぁ最初に思い出すのが30歳を目前に控えてアバターを2Dで観てしまうという失態を犯してしまったということが真っ先に思い浮かぶのですが、一筋縄ではいかなかったクリスマスが幾つかあるんですよね。
クリスマスが近づくと様々な人の様々な意図が働くせいか、若ければ若いほどどこかに誘われるし、自分から何かをするっていうことも出てくるんですよ。
だからそういうアクションが良い方に向けばいいんですけど、人の数だけ意志があるし、アクションの回数が増えるので楽しいときは楽しくなる反面友人と揉めやすい時期でもあると思うんです。
42年のなかで行われたクリスマスを可能な限り振返ったんですけど、スカッと「楽しかった!」と振り返れることって殆ど無くて、どこかにザラついた何かが残っているんですよね。
いや、勿論そのクリスマスの場では楽しい顔をしているし、楽しんでもいると思うんです。ただ、後々トータルで振り返ると割と「何か」の方が印象に残っていることが多いように感じるんですよ。
では、そんな楽しいよりも「何か」の印象が強いエピソードを紹介します。
「おいお前、ギター弾け」
大学1年の11月。
突然高校時代の友人からそう言われたところからこの話は始まります。
話を聞いてみると、1か月半後、つまりクリスマスに当たるのですが、どういうツテかは全く分からないのですが「新宿アシベ」という私でも知っているような老舗ライブハウスでライブをすることになったそうで、友人がベース、もう一人がドラムまでは決まっていて、ギターだけが居ない状況ということなのです。
私は戸惑いました。
何故なら、私はギターなど弾けないからです。
恐らく私の兄がギターを弾いていて、ちょっと高めのレスポールとストラトが家に2本鎮座しているのを見たからだとは思うのですが、1か月半で6曲を覚えなければならないというのは流石にキツい。
しかも。
私をよく知っている方からすると、この話は絶対に「ない」のです。
それは、私が無類の不器用だからです。
例えば子供の頃に糸電話を作る時に穴を開けた後で糸を通せないまま授業が終わったこともありました。
ずーーーーっと糸通そうとして頑張るんですけど、どうやっても糸が通らない。そうこうしている間に先端がほつれてきて、ちょっと切って、もう一度試すけどやっぱり通らない。で、ちょっと切って。その繰り返しです。
学級委員の西尾君が糸すら通せないままタイムアップってかなりヤバい光景だったと思います。あれは多分、周りもいじるにいじれなかったんじゃないかなと。
だから、全くやったことが無い、手先のテクニックが必要になるようなことは本当に億劫でしかないんです。大学生くらいになると自分にとって何が出来て、何が適性が無いか?みたいなことが分かるんですよ。だから、向いていないことは極力避けてきたんです。
そこに来て、本当に苦手でしかないことをしろと友人が言ってきた。
彼はいい奴なんですが、困ったところがありまして。
言い出したら引かないんですよ。
だから、彼に提案された時に逃げられないと覚悟しました。
もうそこからは毎日ギターの練習です。やると言った以上はどうにかするしかありません。実は何度か兄からギターは教わってはいたんです。だから、コードの抑え方くらいは知っていました。
ただ、だからと言って曲として弾ける訳ではなくて、本当にコードを単体で抑えられるというだけなので、次のコードをスムーズに抑えて、しかもリズムに乗るなんてことは全く出来ません。
楽器ってね、スポーツですよ。
繰り返し練習して、少しずつ身に付ける作業です。
一つのコードから次のコードに移行する。これを滑らかになるまで練習する。原曲の速度で出来るようになるまでになるには、体にその動きが沁み込むまでひたすら繰り返す必要があります。
いや、これ練習っていうか稽古、修行です。
コードを弾くことも含めて曲を弾くということをしたことが無かった私にとってはほぼゼロからのスタートだったので、とにかく時間が掛かりました。
コードではなく、単音を繋いで奏でるというのは更にキツいものでした。
困ったことに、私が演奏した曲ってギターソロがあるんですよ。フレーズとしては本当に簡単なものなんですけど、これを誰も助けてくれない中で弾き切らないといけない。
コードだと抑える手のパターンが決まっていますが、ソロとなると覚えるべき動きが複雑化します。そこそこスピード感も必要なので、早く正確に弾かねばなりません。
これをですね、紙コップに糸が40分間通せなかった奴がやるんです。
いやー、この1か月半はギターしか弾いていなかったです。約束しちゃった以上、仕方ないですね。
指はカッチカチになるし、兄から借りてるレスポールは重いんで物理的にすげえ疲れるし、何より今までさんざん避けてきた指先器用系の修行ですから。
不向きだと分かっていることをひたすらやり続けるっていうのはこんなに大変なことなのかと思いました。絶対私、ギターヘタクソなんですよ。これから上手くなる兆しも全く見えなかったんです。
でも、どうにか覚えました。
通しで演奏できる程度にはなりました。
恐らくここで、皆さん気になっていることがあると思います。
西尾たちは一体何の曲をやるんだろう?
と。
それは、ブルーハーツのコピーでした。
これね、結構恥ずかしいことなんですけど、恐らくバンドの曲の中で最も簡単な部類のものなんですよ。ブルーハーツって。
だって、私が詰め込めば1か月半で形にはなる程度のものですからね。難しい筈ないんですよ。複雑なコードもないし、構成も非常に単純。
だからね、恥ずかしかったんですよ。
ブルーハーツ弾くのにそれだけ時間かかる?
っていうツッコミ受けたくなくて。
いやー、バンド経験者からの声が聞こえます。
私のレベルってそんなもんなんすよ。
まぁそんなこんなでライブの当日になりました。
手先が不器用な上に慣れるまではとにかく緊張しまくる私なので、弾けるには弾けるけど、じゃあ本番どうなるか?と言えば本当に自信が無くて。
あっという間に出番が来て。
エフェクタなんて何も繋がずにマーシャルにシールドぶっ刺して。
で。
始まっちゃうと。
凄いんですよ。
ブルーハーツが。
私みたいな素人が何とか演奏している程度の奴でも、身内の客が20人くらい馬鹿みたいに盛り上がってるんですよ。どんなに演奏が稚拙でも、リンダリンダっぽい何かを奏でたら絶対テンション上がるように出来ているんです。
後で演奏なんか聴こうものなら10秒持たずに脱走していたと思いますが、ドヘタなんですけど、でもブルーハーツの曲が名曲過ぎて、その日のトリの人たち(2か月後にプロデビューする)すらノリノリで合唱してます。多分あの日一番盛り上がったんじゃないかなと思うほどでした。
かなり早い段階で弦が切れましたし、替えのギターなんて存在しないし、誰かに借りるという発想も無かったので、もう無茶苦茶でした。本当に振り返ると稚拙さをこれでもかと詰め込んだライブでした。
ただ、6曲弾いてやりました。
絶対無事ではないけど、事故ってるレベルではありましたけど、完走しました。
私の不器用さと、ギターの演奏が不向きであることと、そしてブルーハーツを演奏すると楽しいということは強烈に分かりました。
よくライブに出るとあの楽しさが忘れられないと言いますが、私の場合は1か月半の地獄のような日々と、稚拙さの方が上回ってしまって、またやろうという想いを抱くことはありませんでした。
19歳のクリスマスに、不器用な少年は新宿で燃え尽きました。兄のレスポールに盛大に傷を付けて、その夜ものすごく怒られたことも忘れられない思い出です。
ちなみに私をギターに誘った友人は今、アフリカのザンビアで働いています。お互い42歳になったのだと思います。
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