180721_短編

母の心臓

ある所に見事な黄金の髪をもつ女がいた。
女の瞳は陽光のように輝いていた。毎日を一人で過ごす穏やかな女性だった。
ある日その女は怪物と縁づいた。
やがて二人が交わって生まれた子供は勿論異形だった。
大きな耳と金色の毛が特徴的な、小さな小さな子だ。
女と怪物が暫くして別れた時、この子は母の方について行った。

女はあまり体が健やかでなく、次第に弱って行った。
息子は大変心配したが、母の方も息子に心配をかけさせてしまい大変心苦しかった。
ある晩に女は自身の天命を悟った。朽ちていく身体を息子に世話させては共倒れになってしまうと女は考えた。
そして息子が眠るのを確かめると、静かに己の心臓を抜きとって息子の耳元に添えた。
優しい鼓動は息子を安眠へ導いた。
朝が来て、死に絶えた母の身体を見た息子はとても悲しんだが、母の心臓がまだ強く鼓動しているのを聞くと、
その心臓を持って息子は旅に出た。

息子は毎晩 母の心臓に耳を当てて眠りについた。優しい音は子守唄と同じだった。
一人の子どもと一つの心臓の旅は険しいものだった。
眠る時は木の葉に隠れて、食事の時は木の種を齧って、朝日を浴びて起きる。
自然と共にたくましく生きていた。
異形の息子は人間と直接的ではなかったものの、
森や山で倒れて死んだ人間の遺品から日用品や武器などを貰うなどして間接的に関わっていた。
やがて日々の中で息子は人間の武器を扱うことを覚えた。
母の心臓とともに幸せに暮らしていた。

息子が各地を旅していると、父の事をリスが話しているのを耳にした。
「西の森が赤い怪物に荒らされている。やがてあの一帯は荒野になるだろう。私たちの貴重な餌場が減ってしまって困る」
また道を通りかかった人間の会話からも父の事を聞いた。
「西の村の近くで赤い怪物が暴れている。もうあの村は駄目だ。近い内に多くの人が避難してくるだろう」
「国に救助を求めるしかない。しばらくすれば、精鋭の戦士たちが怪物を狩ってくれるだろう」
息子は母を捨てた父の事を元より嫌っていたが、自分の住む森を荒らしている事と近く人間が反撃に出るというのを知って、

母の心臓と共に討伐に向かった。
人間に倒させるくらいなら、自分の手で決着をつけたかった。

西の森は荒れていた。
木々は毒に侵され、葉はほとんどが枯れており、石ばかりが転がっていた。
生き物の気配はほとんどない。
そこに父がいた。金色の毛を首に巻いた大きな赤色の怪物。
赤黒いカギ爪で石を掘っていた。
もはや理性は無かったようで、息子が目の前に姿を現した瞬間襲い掛かってきた。
小さな息子はその小ささと素早さを活かして父の視界を撹乱させた。
大きなカギ爪に捕えられそうになるたびにナイフで父の腕をさして難を逃れる。
しかしやはり父は強く、息子はついに致命傷を負ってしまった。
その際、大切にしていた母の心臓をつい落としてしまう。
父はその心臓を見た瞬間に正気に戻った。
「私はお前を愛していたんだ。本当に ただ愛ゆえに恐ろしくなった」
父は東に向かって飛んで行った。

弱り切った息子は天命を悟った。
父を討つことこそできなかったが、もはやあの孤独な怪物は森を荒らすことはないだろうという確信はあった。
そして自分の心臓を抉ると、母の心臓の横に添えた。
二つの心臓は同じ瞬間に鼓動を止めた。

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