181125_短編

少女は指を刺す

ある小さな村での出来事です。
村の中央には井戸があり、たくさんの人が水の恩恵に感謝しながら慎ましく生活していました。
その井戸の側に、ある日突然少女が現れました。
汚れた黒い外套に身を包み、ボロボロの黒いフードが落とす暗い影に隠されて顔は見えません。
少女はどこかで拾ったような一抱えくらいあるガラスの瓶と、文字の書いてある木の板きれを持っていました。そしてその板切れを、まるでお店の看板のように抱えていたのです。
「知恵を1つ 5シリング 」
看板にはそう書いてありました。
花を売る知恵すらない少女から得られる物など大したことないだろうと、誰もが思いました。
それでもやはりその風貌はあまりにも哀れに見えます。しかしとても不気味だったので、初めは誰も寄り付きませんでした。

最初は子供たち。遊び気分で少女に寄ってきました。度胸試して5シリングを渡してみようというのです。
一番気の強そうな子が一人、少女に近づいてきました。
「知恵をおくれよ」
少女が瓶を差し出したので、子供は瓶に5シリングを一枚入れました。
咄嗟に少女が子供の額に指を指しました。
子供は呆気にとられましたが、少女が指を離すと駆け出しました。
「こうしちゃいられないぞ!」
その子供はその日から父や母の手伝いをよく行うようになったそうです。家族は幸せになりました。

次は貧しい商人。商売が上手くいかず、藁にもすがる思いです。
子供の様子を見て、ものは試しだと考えました。
「知恵をおくれよ」
咄嗟に少女が商人の額に指を指しました。
ほんの少しだった期待は、大きな感動になった。
商人は駆け出して、お店に戻って模様替え。
「こんな簡単なことだったのか!」
その日から商人のお店には今までよりも多くのお客さんが来ました。商人は幸せになりました。

さぁさぁその様子と噂を聞きつけた村人たちが少女に注目し始めました。
遊び気分、ものは試し、半信半疑、色んな気持ちで沢山の人が5シリングを次から次へと瓶に入れます。
妻とうまくいかない夫。知恵のおかげで仲直り。
作物が上手く育たない農家。知恵のおかげで豊作さ。
家畜の世話に困る酪農家。知恵のおかげで毎日快適。
不眠の役人。知恵のおかげで毎晩ぐっすり。
赤子の世話に戸惑う女性。知恵のおかげで良き母親に。
誰も彼もが少女に感謝しました。
ついに村で少女から知恵をもらっていないのは5人だけになりました。
慎重な村長。知恵など貰わなくとも努力で解決。
真面目な牧師。聖書に全てが書いてあると信じてる。
勉強好きな賢者。金で買った知恵に魅力はない。
飲んだくれの酒乱。お金は全てお酒に消える。
勤労な棺桶職人。トンテンカンと毎日木材を切っては打つ。

さて、慎重な村長がついに閃きました。
次に村を訪れた旅人に、5シリングを渡し、彼女に知恵をもらうよう頼むのだ。ただしもらう知恵はただ1つ。「少女の望みはなんだ」
さぁ旅人がやってきた。村長は丁寧にもてなして、5シリングを手渡した。
すっかり良い気分の旅人は快諾した。
少女が旅人の額に指を指す。
そして旅人は知恵を貰った。
途端に旅人は発狂した。手持ちのナイフを掲げて村長を襲った。
なんてことを!なんてことを!
何が起きたかわからないまま、村長は哀れ滅多刺し。指を指されていない者これで四人。
そこから終わりが始まった。

親孝行の子供がまず突然倒れた。もうピクリとも動かない。
饒舌になった商人が次に倒れた。前触れなどない。
夫に農家、酪農家に役人に母親。次々と村人が倒れていく。一人倒れてまた一人。まるでドミノ倒しのよう。牧師は恐怖のあまり教会に引きこもった。祈りをこめても村人は倒れていく。指を指されていない者これで三人。
村人の一人が叫んだ。これは順番だ!
そうです。少女に知恵をもらった者から倒れているのです。
どうすることもできず倒れる人々。右往左往とする時間もなく、みんなパタパタと倒れていく。あの人の次は私。あの人の次は俺。パタパタパタ。
そうしてあっというまに村民は少女を除いて3人になった。
それを見ていた賢者は理解が追いつかず、発熱して倒れた。指を指されていない者これで二人。
酒を買おうにも売ってくれる者が居なくて激昂した酒乱。彼は閃いた。「売るものがいないなら買わずに飲めばいい」
そのまま彼は村中の酒に手を出して、アルコール中毒でついに倒れた。
指を指されていない者これで一人。
棺桶職人トンテンカン。約束の時間になっても棺桶の受取人が現れない。そこで職人やっと外を見た。
自分以外全員死んでいる。
呆然と立ち尽くす職人の目の前に少女は看板を掲げた。
「知恵を1つ 5シリング 」
職人は答えた。知恵などいらん。ワシがやるべきことはただ1つ。工房に戻ってトンテンカン。急いで全員分つくらねば。
いつの間にか少女は村から消えていた。村の中央の井戸の傍には山盛りになった5シリング硬貨が捨て置かれていた。

村人分の棺桶を作り終えて、職人は棺桶に村人を入れようした。
そしてそこで気がついた。何故だろう妙に頭が軽い。
気になった棺桶職人は、一人の村人の頭を割って中を見てみた。
頭の中は空洞だった。
棺桶職人トンテンカン。結局それでもワシがやることは、棺桶を作ってみんなを寝かせるだけだ。
棺桶職人トンテンカン。最後の一人を棺桶に寝かせると、職人はやっとベッドでゆっくり眠った。
指を指されていない者これで0人。

村の騒ぎからしばらくしてのこと。異変を耳にした国の兵士たちがやって来た。
棺桶職人の調書を読んで、慌てて国王に報告をした。
「なんてことだ。新しい伝染病かもしれない。」
国王は医師に調査をさせた。しかし何もわからない。
村を立ち入り禁止にするだけで良いのだろうか。
国王がうんうん悩んでいると、目の前に空の瓶と看板を持った少女が現れた。
「知恵を1つ 5シリング 」
悩んでいた国王はつい瓶に5シリングを入れた。

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