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弱さは正義。完璧でないからこそ得意を生かす「分業力」(インド人リーダーシップ論 #10)

インド人経営者の7つの特徴について、自分の体験を交えて紹介している。今回は6項目目、インド人リーダーの分業力について詳しく書いてみたい。

インド人リーダーは分業に長けている。リーダー、という以前にそもそもインドという国では社会全般的に分業化がものすごく進んでいるのだ。まずそのあたりの事情がわかる私の体験談を紹介しよう。

一体何人のお手伝いさんがいるんだ?

私がインド人家族にホームステイをして2日目のこと。日曜日の午前8時前にけたたましい玄関のチャイムが鳴り目を覚ますと、見たことがない人がホウキを持って私の部屋に入ってきて、ヒンディー語で声をかけ、部屋の掃除を始めた。慌てて部屋を出ていってホストに「あれ誰?」と質問すると、「掃除をしてくれるお手伝いさんだけど、何か問題でも?」という回答。ふーん、お手伝いさんなんて珍しいな、まあいいかとリビングでテレビを見ているとまたチャイムが。今度は別の人が入ってきてキッチンに向かって野菜をカットし始めた。「今度は誰なの?」と聞くと、「料理をしてくれるお手伝いさんだけど、何か問題でも?」と言う。ホストファミリーは特にお金持ちのようにも見えない。気になって「一体何人のお手伝いさんがいるんだ?」と確認すると、「もう一人運転手がいるよ」と言う。「インドでは普通の家庭でも掃除洗濯、料理、運転はお手伝いさんがいるの。その方が私達は他の仕事に集中できるし、効率的でしょう?この国は人口が多いから、人々が生きていくために仕事が必要なの。個人の家庭でも雇用を生み出しているってわけ。」

カルチャーショックを受けたまま翌日カクタスのオフィスに初出勤をすると、同じ光景が繰り広げられていた。当時のカクタスはボロボロの工場地に狭いオフィスを構えた10人足らずの社員の小さな会社で、経営者も含めて20代の若者しかいない出来立てのベンチャー企業である。にも関わらず、オフィスには複数名のお手伝いさんがいてびっくりした事を覚えている。日常生活でも、レストランに行けばオーダーを取る人、料理を運んでくる人、片付けをする人と、ホールスタッフにも関わらずその中でもしっかりと分業されている。最初はその仕組みを知らずに、片付け係に向かって「注文したいんだけど!」と何度も声をかけ、彼らがオーダー係をわざわざ呼びに行く様子に「なんでお前が自分でやらないんだよ」と首を傾げていたのを思い出す。インドでは他の人が専門とする仕事には、基本的には不可侵なのだ。

あなたが本来時間を使うべき仕事はなんですか?

これらのエピソードから、いかにインド人が幼い頃から分業という概念に馴染んでいるかわかってもらえると思う。インドでは元々の社会基盤に宗教や地域に根付いた様々な職業コミュニティがある。特定のコミュニティで生まれた人はそのコミュニティが代々受け継いできた仕事につく傾向が高い。「うちのコミュニティは先祖代々親戚一同みんな商人です」というような棲み分けがあるのだ。これはインドの大きな社会格差の根本的な原因でもあるが、同時に現代の会社経営ではこの社会構造が、経営者が従業員の時間の使い方を意識し、分業できるところは徹底的に分業し任せる効率化につながっていると思う。「本来あなたが雇われたはずの業務以外に、無駄な時間を使うべからず」というスタンスなのだ。

これと真逆なのが日本だ。小さい頃親から「何でも自分でやりなさい。苦手な事は頑張って克服して、何でも自分一人でできる立派な大人になりなさい」と教育を受けてきた人が多いのではないだろうか?私はあまり器用ではなかったので、この教育方針に苦労をしたタイプだ。大人になって海外に出てから極端に得意なことと不得意なことがある人達に出会って安心したことを覚えている。日本の教育は素晴らしく、事実、日本人は大抵のことは一人でできる。器用な日本人は国際企業でもそれなりに重宝されているが、あくまで「使う人」としてではなく「使われる人」としてである。日本人には何でも自分でやってしまったり、自分でやらないと気が済まず、人に仕事を頼むのがあまり得意でない人が多い。日本では社長が会社の玄関の掃き掃除をしていることが美談として語られるが、インド人経営者に言わせれば「そんな暇があったら経営改善策を考えろ」となるだろう。

「日本では人件費が高いから、分業するほど人を雇っていられない。それに、会社の内情がわかっている少数精鋭で業務集中した方が効率も良くないか?」という意見もあるだろう。確かにそのほうが品質面の担保もしやすいし、また管理やコミュニケーションの面でも楽だ。しかし、経済が右肩上がりのインドでは、企業は自分たちが持つリソースのポテンシャル以上の成長を求められる。市場は日々変化しているため、そのスピードに追いつくためにはすでにいる人材で新しいことを学ぶよりも、すでにその業務が得意な人を外から連れてきて、誰よりも早く新しいものを生み出したほうが勝ちなのだ。

あえて自分の弱みを見せることの効能

人に仕事を任せることは難しい。しかしインド人は「自分の弱みをあえて見せる」ことで上手に人に仕事を任せているのをよく見る。なんでも自分でしがちな日本人は「私ができない仕事を部下に押し付けるのもな…」と遠慮しがちだが、インド人は仕事を頼むことを遠慮せず、なぜ自分ではなく相手がこの仕事をやるべきか、自分ができないことや苦手なことを躊躇なく伝えるのだ。インド人の上司には常日頃から「一人で何でもできるスーパーマンなんていないし、我々は不完全だ。人を雇う時には、自分のコピーを作るのではなく、自分の穴を埋めてくれる人を雇うべきだ。今自分にない能力で、会社の未来に必要な能力や経験がある人を採用してほしい」と言われている。

他人にもできる仕事をするくらいなら、暇でいるほうがマシだ

リーダーに求められるスキルは、自分が優秀になることではなく、優秀な人材にいい仕事を気持ちよくしてもらうスキルだ、と彼らは言う。そのための仕組みを作り、障害を取り除き、横からそっとサポートすることだと。優秀な部下に対して自分の方が優秀だと張り合ってみたり、存在感を出すために意味のないフィードバックを出したりするのは時間の無駄だ。部下に安心して働ける環境を与え、さっさと責任を担ってもらい、経営者は開いた時間で自分にしかできない仕事をし、新しいことにまた取り組んでいくといったやり方だ。

そう言われてもなかなか仕事を手放せないものだが、私のインド人上司は忙しくしている私に常々こう念押しをするのだ。「自分が一時的に暇になることに焦ったり、自己嫌悪に陥らないことだ。今の仕事を部下にさせたら自分の仕事がなくなると恐れて、他の人でもできる仕事を抱えてはいけない。それなら暇で何もしないほうがマシだ。暇になったら、今まで忙しくでできないとぼやいていたことをやればいいじゃないか!」こんなことを言われたら返す言葉がないですよね(笑)。

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