怖がりなのにホラーを愛好する人の心理
──今回のテーマは「怖がりなのにホラーを愛好する人の心理」ということですが。
横道 数日前、ツイッターで文体論の本を書きたいと投稿しましてね。
──はい。たくさんの人がリツイートして、拡散してくれましたね。
横道 ありがたいことでした。それで3社の編集者が企画を打診してくれたんです。
──へえ。ツイッターの潜在力はいまなおすごいですね。
横道 そのうちのひとりがKさんでした。じつはKさんとはすでに別の本を一緒に作っていて、初対面のときに昔話や童話が好きだと教えてくれた人なんです。それで、Kさんと作るのはグリム童話の文体論なんかどうだろうか、と提案してみました。
──横道さんは今度グリム兄弟論を刊行するんですよね。
横道 はい。ミネルヴァ書房から『グリム兄弟とその学問的後継者たち──神話に魂を奪われて』という本を出します。手前みそですが、かなりの出来栄えだと思います。
──グリム関係の依頼もたくさん来るようになるんじゃないですか。
横道 それはまだわかりませんが、以前すでにこの本の一部を抜粋して単行本にしないか、という企画を立ててくれた編集者がいました。
──それは良かったじゃないですか!
横道 しばらくどんな本になるか構想を続けたのですが、一度じっくり論じた内容を二番煎じで売りだすことに、どうしても興味を持てませんでした。で、結局は執筆を辞退したんです。
──あらあら残念。
横道 でも私には『グリム兄弟とその学問的後継者たち』に書かなかった内容なら、もう1冊くらいグリム関係の本を書いてみようかというつもりがあったので、それをKさんに打診してみたんです。
──ふむふむ。
横道 で、私は説明したんです。ちょっと専門的ですが読みあげてみます。
──専門的すぎない感じで、メールの内容をわかりやすく噛みくだいた仕方で、お願いしますね。
横道 わかりました。「グリム童話には、ざっくりわけて
・初稿(グリム兄弟が語り聞かせをメモした記録)
・初版(グリム童話には、標準版を意味する「大きな版」と精選版を意味する「小さな版」とがあるのですが、「大きな版」の初版のことです。「ほんとうは怖いグリム童話」トークなどでもっとも話題になるのはこの版で、『初版グリム童話』と呼ばれたりします)
・それ以降の版(大きな版は7版まで、小さな版は10版まで)。盆栽いじりをするかのようにグジャグジャと書きなおされつづけました。」
──送られたメールをどのくらい噛みくだいて読みあげてくれたのかはわかりませんでしたが、とりあえずありがとうございます。
横道 めんどうなので噛みくだかず、そのまま引用いたしました。しかしそれは些細なことです。
──これはネット記事なので、読みやすさの問題は、そんなに些細なことでもないです。
横道 話を続けます。私はKさんの興味を引きつけたくて、つぎのように続けました。
「それぞれの版の書き味(つまり文体)をわかりやすく紹介しながら、2020年代の人が読んでもおもしろいグリム童話をあれこれ紹介するというのは、どうでしょうか。かわいい生き物や家財道具が旅をして、片っ端から死んでいって最終的に全滅して旅が終わったり、子どもが包丁を使った豚ごろしごっこに興じていて、兄が弟の喉を突きさしたのを皮切りに一家がジェットコースター的展開で全滅してしまったり、実父の王から求愛された姫が城から逃げだして、森を放浪した果てに、最後は実父と結婚することになって「めでたしめでたし」とされるとか、衝撃的な話がいろいろあります。
──たしかに衝撃的ですね。グリムワールドと言って良いのか、そういうあたりの話をあえてチョイスしたという点で横道ワールドと言うべきなのか、よくわかりませんが。
横道 続けます。衝撃的な内容と言っても多面的だということを示すために、つぎのような解説も加えておきました。
「あとは日本語訳もおもしろいんですよ。「いばら姫」(=「眠れる森の美女」)では最後に王子が姫にキスして100年の眠りから眼を覚ましますが、大正時代の日本では「キス」が卑猥と見なされて、削除された翻訳があったりとか。そういうふうに翻訳ヴァージョンの文体を考えるのも楽しそうですね。」
──なるほどね。私は楽しいと思います。読んでみたくなりました。
横道 そうですよね? ところがギッチョン!
──「ところがギッチョン」ってリアルに言う人を初めて見ました。
横道 なんとKさんは申し訳なさそうに、こう書いてきたのです。たしかに衝撃的な話のオンパレードではあるものの、じつはそこにKさんにとっていちばんの支障があると。Kさんは童話や昔話が好きで、グリム童話に興味があるのもまちがいないものの、じぶんの手で残酷な話を編集するのには抵抗があるのだと。『鬼滅の刃』なんかでも、怖くて見ることができない人で、作り話だからと割りきって考えられないんだと。
──ふうむ。繊細ですね。横道さんとは正反対ですね。
横道 ところが私は考えこんでしまったんです。じつは私もとても怖がりなんです。
──そうなんですか? それは現実生活を送る上での不安感が大きいということで、創作物としてのホラーはお好きなんですよね?
横道 私は、私が世に送りだすじぶんの本は、原則としてすべてホラーだと思っています。書き手としては、ホラーにしか興味がないと言っても良いです。
──ふむふむ。グリム兄弟や村上春樹をテーマとして分厚い単著を出版しようとしているというのも、そういう関心あってのことなんですね。
横道 発達障害の話も宗教2世の話も、見方によってはだいぶホラーですから。その問題に関わる現実の恐ろしさと厳しさを世の中に広く知ってもらいたいのです。
──なるほど。現実自体がホラーという考え方なんですね。
横道 少なくとも現実はある局面から切りだせばホラーです。なにせ最後には誰であれ死んでしまいますから。未来のどこかの時点では、人類も地球も滅亡して、いまという至純のときは二度と回復されませんから。
──なるほど。
横道 しかも私は昭和のレトロな怪奇マンガの収集家です。何百冊も持っているのです。
私はまだ安いときから集めていましたが、この分野のマンガはおそろしいほど高騰していったので、いますべて処分するとけっこうな金額になります。
──横道さんは、かなりマニアックなホラー好きに思えます。
横道 私は怪奇小説も好きです。でも小説のように具体的には眼に見えないとか、マンガみたいにデフォルメされてるから楽しめるのです。実際には私はPG12の映画ですら怖く感じるのです。スプラッタ映画とか拷問の場面が出てくる映画とかは怖くて観られないのです。
──へえ、意外。韓国映画とかは拷問が多いですよね。
横道 だから韓国映画を見るとき、いつも憂鬱な気分になります。またどっかに拷問シーンが出てくるじゃないかなって。
レトロな小説とかマンガとかには、なんとなくユーモアがあって、それがオブラートになっているわけです。グリム童話なんかは典型的にそうです。村上春樹の残虐描写はストレートですが、作品全体にはユーモアがあるから、ある程度の相殺作用が発生します。そういうオブラートがなかったら、私はホラーはじつはまるでダメな子なんです。
──ダメな子っていうか、ダメなおじさんですが、じゃあサスペンスとかもダメなんですか。人を刺したり、銃で撃ったり。
横道 ダメですね。警察とかヤクザとかが活躍する映画はなるべく見ない方針です。深作欣二や北野武や三池崇史は端的に嫌いです。
──そうなんですね。そういえば横道さんはベスト・フェイバリット映画に北野監督の『あの夏、いちばん静かな海。』を入れてましたが(https://note.com/makotoyokomichi/n/nf72553ebabd6)、あれは北野映画なのに暴力描写がないという一品でしたね。
横道 ですから三池監督作品では、『DEAD OR ALIVE 犯罪者』(1999年)は例外的に大好物ですね。
──最後の5分間で、突如として世界観が『ドラゴンボール』に変貌するやつですね(笑)。
暴力的な映画が好きな人でも「心霊現象系は怖いからダメ」って言ってる人はわりと多い印象ですが、横道さんはそういう感じでもないんですか。
横道 幽霊とか生き霊とか、それ系も怖いんですが、暴力的なものはもっとダメです。
子どもの頃に好きだった『キン肉マン』とか『聖闘士星矢』とか『ドラゴンボール』とかでも、怖い場面がありましすよね。体を引きちぎったり、眼球をえぐり出したり、潰したり。同じ頃に『北斗の拳』も流行していましたが、敵の体が破裂してぐちゃぐちゃになる。私は絶対に観たくありませんでした。
『ブラックジャック』を初めて読んだときの恐怖もよく覚えています。
──『ブラックジャック』って、チャンピオンコミックスのジャケットの下らへんに、初期は「恐怖コミックス」って書いてありましたよね。途中から「ヒューマンコミックス」に変わったけど。
横道 初めて手術をしたのは、小学3年生のとき。鼠蹊ヘルニアの手術で、たぶんごくかんたんなものだったのでしょうが、手術前の入院中に読んだ『ブラックジャック』がトラウマになっていたので、当日は手術室で泣きじゃくっていましたね。
──それは怖がりですね。
横道 それなのに不思議なんです。なぜか私の部屋にはたくさんホラーなものがあります。私の本がすべてホラーだというのに対応するかのように、私の自宅はひとつのお化け屋敷なのです。
──不気味なオブジェや本やDVDがたくさんありますね。たしかに先ほどの話と合わせると不思議な感じです。
横道 ホラー映画のDVDはたくさんありますが、スプラッタものはそんなにありません。レトロな印象の「怪奇映画」を集中的に集めていました。
──おや? でもタランティーノのDVDがかなり揃っていますね。彼の作品にはゴア描写(凄惨な暴力描写)が必ず含まれていますよね。
横道 そうなんです。彼の作風は基本的にかなり好きなのですが、人体破壊の描写がすごいので、はんぶん眼をつむって、それっぽい場面が来たら、早送り気味で見ています。劇場で観るときは、非常に緊張します。
──それはもったいない。
横道 映画を観に行く前は、誰が監督でも、暴力描写や残酷な表現がないかは、事前に慎重に調べています。たとえば『シン・仮面ライダー』(https://note.com/makotoyokomichi/n/ne1f333b7a979)の冒頭、人体破壊の描写がありますね。直接的には映らないようにされていましたが、血飛沫がびしゃびしゃ飛んでいく。あれがけっこう苦痛だった。
──あの作品は、あの場面のせいでPG12だったのでしょうね。
横道 だからKさんが『鬼滅の刃』ですら怖いって書いていたのに、私はかなり共感したんです。私もじつは『鬼滅の刃』がまあまあ苦手なのです。全体的には好きな場面も多いですが、人体破壊描写がわりと痛々しい作品ですから。
──横道さんは、おそらく格闘系のマンガとか読めないんでしょうね。
横道 完全に安心できる描き手でないと、読むのをためらいますね。
なかには「指による目潰し攻撃OK」の作品とかありますからね。読んでいて、ギャアアアと震えます。
──しかし、全体の論理構造はどうなっているんでしょうね。横道さんは人一倍怖がりのくせに、人一倍怖いものに近づこうとしているように感じます。そうでないと、こんなにホラーなマンガ、ホラーな本、ホラーなオブジェ、ホラーなDVDだらけの自宅にならないでしょう?
横道 その問いに答えるには、かなりの時間を要しますね。トラウマ表現というものが、私のような怖がりの受容者にとって持つ意味は、まだはっきりと解明されていないはずです。さっきあげたグリム童話の文体論的研究とか、さらには怪奇マンガ研究として、このテーマにじっくりと取りくんでみたいのですが、まだはっきりと言語化できません。
──郡司ぺギオ幸夫さんが、トラウマを磨くことによって治癒的な感覚がやってくると言っていましたが、それは横道さんの感じ方にとってどうなんですか(http://igs-kankan.com/article/2020/12/001285/)。
横道 郡司さんのその指摘にとても驚きました。その問題設定を、私もじぶんなりに探求して行きたいのです。もちろん最終的には郡司さんの視界を乗りこえるかたちで終えたい。
ドイツ文学、日本文学、発達障害、宗教2世の本を出してきましたし、今後も出していきますが、私の仕事の全貌は「トラウマ叢書」ということになると思います。私の本はすべてホラーだという先ほどの発言は、実質的にそういう意味です。トラウマに関係の深いPTSD、フラッシュバック、解離、アディクションなども今後の執筆テーマとして大きくなっていくでしょう。
──そういう仕事の一環として、松本俊彦先生とのアディクションに関する往復書簡もあるということなんですね。
横道 おっしゃるとおりです。
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