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庵野秀明監督『シン・仮面ライダー』(2023年)

女児の兄「もうダメだ」
女児「お兄ちゃん、どうしたの」
女児の兄「どうしても死にたくって仕方ないんだよ」
女児「まあ、お兄ちゃんも私と同じで希死念慮が強いのね」
女児の兄「おまえもそうなのか」
女児「ここは映画でも観てはどうかしら」
女児の兄「なんだって?」
女児「ええと、庵野秀明監督の『シン・仮面ライダー』(2023年)は……。うっ、数日前に終映になってた!」
女児の兄「この対話はフィクションだから、まだやってるということでいいよ」
女児「じゃあ、そうしましょう。ああっ良かった! ちゃんとまだやってるわ!」
女児の兄「ところで仮面ライダーだって? ぜんぜん興味ないよ」
女児「でもエヴァンゲリオン観て、おもしろかったって言ってたでしょ。同じ庵野秀明監督よ」
女児の兄「いや、あれは​​『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』がちょっと話題だったときに観ただけで、エヴァンゲリオンのほかの作品も観てないんだよ」
女児「とにかく観てみなさい!」
(映画館で121分経過)
女児「どうだった?」
女児の兄「うーん。よくわからん映画だった」
女児「どのあたりがわからなかった?」
女児の兄「全体に詰めこみすぎというか、裏にたくさん設定があるんだろうなとは思った」
女児「ふむふむ。それは庵野秀明のいつものやり方ね。シン・エヴァもそうだったでしょ」
女児の兄「それまでのエヴァ・シリーズを観てないから、わからん部分が多いのかなと思ってたよ」
女児「ぜんぶ観ててもわかんないことだらけだったのよ。『シン・エヴァ』は」
女児の兄「そうなんだ」
女児「あとはどう感じた?」
女児の兄「CGがすごいのかすごくないのかよくわからなかった。コウモリ男の場面とか、なんだか合成が失敗している感じだったのに違和感」
女児「あれはわざとよ。『シン・ゴジラ』でゴジラの造詣や動きがいかにも着ぐるみだって批判されたけど、それは庵野秀明が昭和のゴジラの着ぐるみ感を再現したかったら、わざとだったの」
女児の兄「うーん、よくわからんこだわりだね。一方では、ハイテクなものも好きなんでしょ。殴りあいとか明らかにモーションキャプチャ(人や物の動きをデジタルデータ化した上で再構成して活用する技術)を使ってたし」
女児「その謎すぎるバランス感覚が庵野秀明なのよ。やりたい放題でいいでしょ」
女児の兄「エヴァは実写っぽい感じが入ってたけど、『シン・仮面ライダー』にはアニメっぽい感じがあった」
女児「よくぞ気づいた! その越境性も庵野さんの魅力ね。いままでになかった質感の映像を立ちあげたいのよ」
女児の兄「なんだかアングラ演劇を思わせる雰囲気もあったね。昔の辛気くさい感じの」
女児「『ラブ&ポップ』(1998年)とか『式日』(2000年)の頃の庵野秀明って、『エヴァ』の旧劇で受けた傷が深刻な感じで、まじめな実写作品が痛々しく感じられたけど、『シン・仮面ライダー』にはそれが昇華されている感じがして、私は幸せになったわ」
女児の兄「女性キャラの描き方がなんとなく古めかしい。ルリ子とヒロミのやりとりなんかは、いかにも男性監督が懸命に考えた女性間の会話という感じで、見ていてなんだかそわそわしてしちゃったな」
女児「たしかに照れくさいけど、あのあたりの描き方って、やっぱり迷走中だった時期に作られた『キューティーハニー』(2004年)を思いださせて良かったわ。同じような気恥ずかしさがあったから」
女児の兄「最後のあたりで、政府側のふたりの男が初めて本名を明かすじゃない? あのへんは、なんだか「は?」って感じ」
女児「あれはオリジナルの『仮面ライダー』に出てくる有名なキャラクターたち。この人たちがそうだったのか! まさか! っていう驚きを演出していたの」
女児の兄「そんな演出をされたってなあ。庵野監督と同世代の人たちがトクした気分になる演出ってことだよね? 想定上の理想の観客は60代くらいってこと?」
女児「じぶんと同世代の人を喜ばせつつ、若い人々にも刺さるように作品を作るのが、庵野秀明の一貫した作家性なのよ」
女児の兄「そんなベタ褒めのおまえは、『シン・仮面ライダー』を見て、なんも不満もなかったってことなの?」
女児「改造人間についてのテーマ性がすっぽり抜けていたのは、拍子抜けしちゃったかな」
女児の兄「昭和ライダーは改造人間ばかりだったみたいだね。平成・令和ライダーは、そうじゃなくなってる。「改造人間」という存在に倫理的な問題があるというポリティカル・コレクトネスが関係していると聞いた気がする。『シン・仮面ライダー』もそのトレンドを汲んでる?」
女児「石森章太郎(のちに石ノ森章太郎)のヒーローものが魅力的なのは、『仮面ライダー』とか『サイボーグ009』みたいに人体改造されてしまった者の悲哀とか、『キカイダー』とか『ロボット刑事』みたいに機械として作られた者の絶望を描いたところにあるわけ。その最大のテーマ性を放棄した平成・令和の『仮面ライダー』は、私にとっては見るにあたいしないわ。

改造人間、万歳!

女児の兄「ロボットと言えば、なんかへんな英語発音で話すやつが何度も顔を出してけど、あれもよくわからん存在だった」
女児「あのあたりは、さっき言った『ロボット刑事』とか『キカイダー』へのオマージュよ」
女児の兄「なんであんな英語?」
女児「やっぱり庵野秀明のこだわりね。『シン・ゴジラ』でも石原さとみのウソ英語発音がきつかったもん」
女児の兄「こだわりが多い作家なんだなあ。それじゃあラスボスとの対決もなにかのオマージュ? あのあたりもなんだかぼんやりしていたけど」
女児「あのキャラは蝶をモチーフにしているから『イナズマン』かと思ったけど、監督自身は違うと言ってるみたいね。フェイクの発言かもしれないけど」
女児の兄「ぼくはこの作品を見て死にたい気分が薄らいだとは言えないよ」
女児「それは残念。私は、とても薄らいだわ。興奮しっぱなしだったもの」
女児の兄「興奮? ぜんたいに暗い話だよね。とくに最終決戦は舞台芸術みたいで、あんまり爽快感がないし、エンディングテーマは1970年代の仮面ライダーの歌だし」
女児「庵野秀明の映画はいろんな仕掛けがあるから、なにより語りたくなるの。そうして夢中でしゃべっていると、死にたい気が薄らぐわ。子門真人のの歌声、最高だった!」
女児の兄「理屈としてはわからんでもないけど。ぼくには予備知識がなさすぎるんで、なにか語りたいという衝動は込みあげなかったけど」
女児「お兄ちゃんも乃木坂46の推しメンとかについてだと、語りたくなるでしょ? それで元気になるでしょ?」
女児の兄「それはそうだね。この映画だとハチ・オーグをやっていた西野七瀬は、まあまあ好みのタイプなんだ」
女児「テレビドラマの『電影少女』とか、映画の『恋は光』を観たら、西野七瀬の魅力がたっぷりよ」
女児の兄「じゃあ口直しに、それらを観てみるよ」


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