忘れないつなげていく12年目の3.11 その4
ふくしとぼうさい日記779日目。
日々の活動から、街の課題解決のチャレンジをしています。
今日は東日本大震災から12年目の3.11。
あの忘れられない1日から12年が経ちました。
前職場で地震にあって、SNSで流れてくる情報に衝撃を覚えながら、当日は停電の中、一人ぐらしの高齢の方を夜中まで安否の確認に回っていました。
震災後に岩手県釜石市災害ボランティアセンターに派遣され14日間、大変な状況の釜石で懸命に活動をしました。
以後ボランティアバスツアーを企画したり、復興支援の活動を大人の仲間、子ども達、学生たちと復興支援活動をずっと続けています。
多くの被災地の皆さんから教わった「忘れないつなげていく」こと。
そして自分が住む地域で「教訓を活かす」こと。
このことをずっと続けています。
今日は14時から16時まで、中学生高校生のボランティアグループ3.11つなぐっぺしの「復興支援活動募金」を、18時から19時で100万人の線香花火ナイトin逗子葉山を行いました。
水曜日から続けてきた募金は今日で4日目。
今日も多くの学生と、多くの子どもたちがお手伝いに来てくれました。
たくさんの募金が1日を通して集まりました。
14時46分には、All Zushi Movement主催の献花・募金の場所で追悼を皆さんと行いました。
共に復興支援活動を行ってきた桐ケ谷逗子市長のお言葉、胸につまされるお話でした。
18時からは逗子の中心にある亀岡八幡宮をお借りして、100万人の線香花火ナイトin逗子葉山を行いました。
学生たちがキャンドルで「3.11ツナグ」と文字を作り、そのキャンドルで線香花火をともしていく追悼の催しです。
およそ200人が来てくださり、線香花火で想いを寄せてくれました。
すばらしい時間となりました。
震災から12年経ち、東日本大震災の報道が少なくなる中、今日は多くの方が参加していただき、まだ多くの人が大切なことと感じてくれていると、ホッとしました。
街並みが変わり復興をした街もあれば、まだバリケードで入ることもできない街もあります。
多くの方が亡くなり、現在の行方不明のままの方も多くおられます。
海のそばに住む私たちは、東日本大震災の教訓を忘れてはいけません。
誰もが逃げ遅れることのない備えを、一人ひとりそして地域ぐるみでできること。
普段の生活でのつながりづくりと、緊急時の対応の練習をしていくこと。
被災地への想いとあわせて「忘れないつなげていく」こと。
私達の責務と感じています。
今日初めて活動に参加してくれた子ども達。
そしてたくましく活動をしてくれている学生達。
そして地域の活性化をリードしてくださる多くの市民の皆さん。
オール逗子で、「忘れないつなげていく」ことを、また続けていきましょう。