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最後に愛が勝つ、と繰り返し信じ続ける、その根拠。

南アフリカのケープタウンで国際会議が開催されたとき、オブザーバー兼通訳として参加したことがある。

1994年にアパルトヘイトが撤廃され、ネルソン・マンデラが大統領に就任。1996年に新憲法が制定されて、その翌年のことだった。

会場はテーブルマウンテンの東側のふもとにあるケープタウン大学のキャンパス。

斜面の上側に講堂。真ん中に教室棟。下側に寄宿舎があった。

会期中はシャトルバスで上の講堂と下の寄宿舎を往復する毎日。

会議の初日。警察署から刑事さんが来て、みんなにレクチャーしてくれた。

なんで刑事さんが? と思ったんだけど、こう話してくれた。

「キャンパス内は絶対ひとりで歩くな。強盗に襲われるからね。もし襲われた場合は、全力で戦え。死ぬ気で戦うんだ!」

それを聞いて、ヒーッ、って思ったけど。。。

数日後、講堂での午前のセッションが終わり、もたもたしてたら、シャトルバスを逃してしまった。

昼食は斜面の下の寄宿舎の食堂でとることになっている。

こまっちゃったなー。。。

セキュリティ感覚が薄い日本人なので、刑事の忠告を忘れ、歩いて寄宿舎に戻ることにした。

美しい花が咲き乱れる花壇が、山の斜面を覆い、点々とする教室棟を縫うように歩道が下って行く。

のどかだなあ。。。

歩き始めると、すぐパトカーが飛んできて、「なんでひとりで歩いてる!?」と怒られた。

車体には「キャンパス・コントロール」(大学保安局)ってあった。

パトカーに乗せられ、寄宿舎まで送ってもらうことに。

車内では「絶対に、絶対に、ひとりで歩いちゃだめ!」と口酸っぱく注意された。

今日の聖書の言葉。

主は真実な方です。必ずあなたがたを強め、悪い者から守ってくださいます。
テサロニケの信徒への手紙二 3:3 新共同訳

悪い者が世界にいる。

そして、何かの拍子に悪い者から酷い目に遭わされることがある。

それが人生の現実だ。

何が苦しいって、「怨憎会苦」(憎み恨む者と出会ってしまう)ほど苦しいことはない、って、お釈迦さまもおっしゃったほど。

神が世界を創造し、全能者として統治しているのなら、なぜ、世界に悪があり、わたしたちは悪に苦しめられるんだろう?

この問題をつきつめて考えると。。。

もし神が悪を許容しているなら

神は全能者ではない、なぜなら、悪の問題を解決できていないから、そして、全能者でないのなら、そのような者は、神ではない

あるいは

神の性質は悪である、なぜなら、好んで悪を許容しているから、そして、性質が悪であるなら、そのような者は、神ではない

という論が立つことになる。

実はこれって、16世紀から17世紀にイエズス会の宣教師が日本で伝道したとき、多くの日本人から聞かれて困った質問だったんだって。。。

昔の日本人、鋭すぎだろ。。。

そして、イエズス会士たちは日本人の質問に充分に答えられなかった。

なぜなら、それは神学の中でも難問中の難問である「神義論」(Theodicy)と言われるものだったからだ。

神義論。なぜ、神は世界に悪が存在することを許容しているのか、という問題。。。

神義論について、自分はクリスチャンになってから今日まで40年にわたり考え続けているけれど、残念ながら答えは得ていない。

たぶん、これからも考え続けて行くと思う。

きっと、天国に行ったら、答えを教えてもらえるのかな。。。

いま、教会では「受難節」(レント)のシーズンを過ごしている。

今年の受難節は、2月17日の聖灰水曜日にスタートし、4月2日の受難日を経て、4月4日の復活祭(イースター)を目指す *。

それは、イエス・キリストが十字架の苦しみを遂げて死んだことを40日間にわたって追想することを通して、生きること・悪に遭うこと・苦しむことの意味を考えようとするシーズンだ。

いま、自分が考えていることは、こう。。。

世界には悪がある。

神は、イエスという人間に姿を変えて、世界に入って来た。

イエスは、愛する弟子から裏切られ、見捨てられ、売り渡され、殺される、という「悪」を引き受けて、死んだ。

そして、復活した。

イエスは復活することによって「悪」を打ち破り、それを「愛」に変えた。

復活のイエスに出会った弟子たちは、イエスによって赦されることで「悪」が「愛」に変えられ得ることを経験し、生き方を変えられた。

だから、こう言うことが出来るんだと思う。

この世界には、イエスの十字架と復活が、ある。

この世界の中で、わたしたちは悪を経験し、赦しを経験し、愛を経験することができる。

そして、愛はかならず悪に打ち勝つ。

そのことを、イエスの十字架と復活が、世界に告げていると思うんだ。

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註)
*  クリスマスのように毎年同じ日付の「固定祭日」と異なり、復活祭(イースター)は毎年異なる日付の「移動祭日」となっている。このため、復活祭に応じて受難節(レント)の期間も移動することになる。復活祭は「春分の日の次の最初の満月の次の日曜日」と325年のニケア公会議で決められた。

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