【コラム】震災10年、今こそ東北から狼煙を!!

あれから、10年が経過しました。
2011年当時、私はライフラインが全て止まった真っ暗な部屋の中で、考えていました。これは大変な被害だ。この状況下で若くて元気な自分が、何もしないという選択肢はない。人としてやるべきことをやろう。そうして何もないところから、想いと使命感だけで始めたのがMAKOTOです。

人が幸せに生きられる社会をつくるために

私がこのアクションに至ったのには、背景がありました。震災の5年前に妹を亡くしていたのです。自殺。残された家族は、地獄の苦しみを味わいました。どうしてこんなことになってしまったのか。文字通り地獄でした。

日本では、年間2万人も自殺がある。いつか誰かがこの社会をより良く変えていかなければ、問題は大きくなるばかりだ。しかし、何をどうすれば良いか見えない。煮え切らない状態だった自分の背中を、この震災は強烈にひっぱたいてくれました。いつか誰かがではなく、今、自分がやらなければいけないんだと。

そして私達は、志を持ちチャレンジする起業家の取り組みを支援しはじめました。起業家コミュニティを作り、ファンドを作り、行政や大学との連携を作り、数々の仕組みを作り、はじめはアドバルーンばかりで中身がないと揶揄された私達の取り組みも、一歩一歩かたちになっていきました。東北は起業家が育つ街になりました。

ふたたび地獄の底に

ところが、話はこれで終わりではありませんでした。2017年、私達家族はふたたび地獄へと突き落とされます。息子が命を落としたのです。家族は絶望し毎日泣き続けました。時に感情が爆発し大変な状態となりました。私はその中で最悪の事態を避けるべく奮闘しましたが、どうやったら、家族に平穏を取り戻すことができるのか、解決方法が全く分かりませんでした。耐えきれず、息子の位牌に「まさとくん、お願いだからみんなを助けて!」とすがって泣いたこともあります。2回目の地獄は、1回目よりずっと底が深く真っ暗闇でした。

毎日が必死でしたが、ふと私自身、感情も欲も執着もない状態にいることに気付きました。どうも、内から力が湧いてこない。以前のように人前で語っていても自分の言葉に力がない。この世には希望が見いだせず、もはや寿命を待つだけの境地。当時は、死が希望だと言ってました。死後の世界では、またみんなと再会できるからです。

ちょうど2年が経過したころ、自分の奥底にふっと感情が浮かんできました。それは「このまま、寿命を待って死ぬのは嫌だ!」という気持ち。自分は何かを成し遂げてから死にたい。たとえ、サンドバックのように打ちのめされていても、自暴自棄になって試合放棄してはダメだ。最後まで闘うんだ!という、自分への悔しさ、怒り、憤りでした。

ここからが本当の勝負

今、感じているのは、ここからが本当の勝負だということ。震災から10年、ここまでは長い準備運動です。震災前、東北はベンチャー不毛の地と言われていました。できない理由をあげればキリがない。その状況を変えたいと「無いものは作る」の精神で全部手がけました。思ったよりも、ずいぶん時間が掛かってしまいましたが、ようやく準備OK。地域に必要なものはだいたい揃いました。

私達も成長しました。組織としても経営者としても。仲間も増えて、やっと自分達のやりたい事に、自分達の実力が追い付いてきました。地域の中でも、打順が回って来たことを感じています。お声が掛かったり、期待されることも増えてきました。以前は、少しも認められていなかったので、隔世の感です。

震災によって、スイッチが入った人々はたくさんいます。スポーツの世界では、その効果が即座に出て、楽天イーグルスが優勝し、ベガルタ仙台がJ1二位、羽生結弦くんは絶対王者となりました。一方、ビジネスの世界では、スイッチの入った人々が実力をつけて本当の意味で活躍するのは、まさにこれからです。

今こそ東北から狼煙をあげよう

準備運動は終わりました。今こそ東北から狼煙をあげる時です。
東北の起業家の皆さん、ついに我々はバッターボックスに立てるようになりました。失うものは何もない。チャンスを得たからには、ホームラン狙って大振りしてやりましょう。

人生すぐに終わります。自分達に残された時間は多くない。中途半端に生きてたら、絶対に後悔してしまう。命燃やし尽くして、悔いなく生きてやりましょうよ。

震災10年目の今日、東北はここからが本当のスタートです!やるぞ!

2021年3月11日 竹井 智宏

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