健常者と障害者について

健常者と障害者、時に二項対立的に捉えられる時もあると思います。

実際、府中センター闘争や青い芝の会の川崎バス闘争のように、多数派、社会(健常者)側の不誠実に対して障害者が実力行使で本気で戦う時期もありました。

そして、Twitterやニュースを聞く限り、障害者差別は今も変わらずあると感じます。そして先日死刑判決が出た障害者支援施設大量殺傷事件の犯人の植松死刑囚とその事件に対する社会の反応を見ると、「障害者なんていなくなったほうが本人のため社会のため」と考える人がまだまだいるんだと感じます。

同じ人間なんだから障害者も健常者も仲良く...と安易に考えることは私はしません。そして障害者同士仲良く...とも考えません。

ですが、健常者と障害者という二項対立という時期があったとしても、互いに「こういった人がいる」ということを認識し、互いが社会の中で幸せに生きていくにはどうすればいいかを考えていく、そういった社会のあり方もありなのではないかも思います。

その上で、当事者側から健常者、健常者が作る社会について考えるソーシャルマジョリティ研究や当事者が当事者について考える当事者研究は重要な役割を果たすのではないかと考えています。

現実はまだまだ厳しいものですが、互いに無視することもなく、強制的に適応させることもなく、互いの存在を消そうとすることもなく、お互いに違う価値観や違う特性を持ちつつお互いの幸せについて考えられる社会について考えていけたらと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?