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6・7月後輩からの一冊、岡田利規『わたしたちに許された特別な時間の終わり』

後輩に川上弘美の『おめでとう』を返却し、こちらからは高野秀行の『移民の宴』を送った後、後輩からも本が届いた。


彼女から届いたのは岡田利規『わたしたちに許された特別な時間の終わり』。
届いたことをLINEで報告するとともに、「この本読んだことある!イエーイ!!共通点!!」と、すでに読んだことのある本だと報告した。後輩は笑ったらしい。
文芸作品はあんまり読まないと自負しているのだけど、当時、チェルフィッチュの演劇作品「三月の5日間」として話題となり、舞台の代わりにこの小説を読んだ。

そして、当時の私はひどく感銘を受け、この本は大切にしようと決意した…はずなのだが、引っ越しの繰り返しの中で行方不明になってしまった。

ブッシュがイラクに宣告した「タイムアウト」が迫る頃、偶然知り合った男女が、渋谷のラブホテルであてどない時を過ごす「三月の5日間」。疲れ切ったフリーター夫婦に忍び寄る崩壊の予兆と無力感を、横たわる妻の饒舌な内面を通して描く「わたしの場所の複数」。人気劇団チェルフィッチュを率いる演劇界の新鋭が放つ、真に新しい初めての小説。第2回大江健三郎賞受賞作。
(Amazon 商品の説明より)

説明の冒頭にある「ブッシュがイラクに宣告した「タイムアウト」が迫る頃、偶然知り合った男女が、渋谷のラブホテルであてどない時を過ごす」のくだりは覚えていたけれど、その他はまったく覚えていなかった…いや、もう覚えていないこと自体に、驚愕した。

読めば読むほど、当時の私は何に共感して、感動したのか? まったくわからない。人の記憶も感情もアテにならないものなんだなあ。ただ、ただ、ショックだった。

舞台初演が2004年、文庫版の発売が2009年。
コロナウィルスも、black lives matterも、#Me Tooも、日本各地で発生した大雨洪水も、熊本震災、東日本震災だってなかった時代の話。小説そのものは興味深く、当時の自分を思い出しながら読んだ。

六本木・スーパーデラックスで行われたアメリカ政府への意見を述べる(そういう目的のものではないけど、結果的にそうなった)パフォーマンスと、場の雰囲気にのれない若者。距離を持つことが一番クールだと言わんばかりに、安全圏から見るだけの主人公。
当時の懐かしさとともに、今は見ているだけは許されないのだろうなという、せつないような悲しいような気持ちになった。

自らの意思で渋谷のラブホテルへ行き、5日間情報を遮断して閉じこもった人と、
社会的に室内にいるよう求められ、生活しなくてはいけなかった2020年の私たち。
結論からいうと、当時の私が何に共感して、感動したのか。読み終わってもさっぱりわからなかった。

むしろ、もう一篇の「わたしの場所の複数」の方が、重くずっしりときた。ズル休みをするフリーターの妻と、夜のファミレスバイトを終えて次のドラッグストアでのバイトまでファストフード店で仮眠をとる夫という、動かない疲れ切った二人の話。

ファストフード店に現れる恋人時代の妻。何を恋人にメールしたのか思い出せない現実の妻…。このくだりで胸がズキズキする私も、疲れているのかもしれない。いや、疲れじゃなくて本の紹介文にあるような“崩壊の予兆”だったらどうしよう。

とりあえず、後輩に伝えたいのが「できたらもっと感想を書きやすい本にして」ということかもしれない。大江健三郎賞作品は難易度が高い!

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