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第4話「夢の続き」

前回 第3話「1日目」

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カフェにて

いつもなら日曜日は目覚ましをかけずに2度寝を楽しむ亜衣だったが、この日は割と早い時間にスマホの着信音に起こされた。

「あ、亜衣。今日ブランチしない?」

同期の寛子からだった。
昼前にちょくちょく使う馴染みのカフェで待ち合わせをして落ち合った。

「あ、亜衣、こっちよ。」

店に入ると先に着いて待っていた寛子が軽く手を振って来たが、横には見慣れない小さな女の子が座っていた。

「この子は。。。?」

「うん、姪っ子なの。姉の子ども。今日は姉が出かける用事があるから夕方まで預かってるの。ほら仁絵、〝お姉ちゃん”のお友達よ。『こんにちは』は?」

寛子は、クリームソーダをストローで美味しそうに飲んでいる女の子に挨拶を促した。

「こんにちは。。。」

いかにも人見知りそうな感じで気恥ずかしそうに挨拶をする女の子。

「あら、可愛い❤️  こんにちは。」

愛おしむ目で女の子を見る亜衣。

「ていうか、寛子、あなた自分のこと〝お姉ちゃん”って呼ばせてるの?叔母なのに。ウケる。(笑)」

「そうよ、この年から〝教育”しとかないとね。(笑)

って、教育っていえばさ、この子来年から保育園に入れる年なんだけど、そろそろ〝保活”を始めなきゃねって姉と話してて。」

姪っ子をチラリと見ながら寛子が言った。

「ホカツ?」

「そう、保活。認可保育園への入園対策よ。うちの自治体は激戦区だからね。」

(聞いたことがある。確か待機児童が問題になっているっていうニュースを見たわ。)

※待機児童問題 

https://mamaoasis.net/21716.html


「ねえ、そういえばアンタって、やっぱり国立大附属の幼稚園か何かで英才教育を受けたの?」

寛子とは大学時代からの縁で、今の会社でも「入社試験でぶっちぎりの過去最高得点を叩き出して入社した奴がいる。」と噂になったこともある亜衣の賢さのことは寛子も知っていた。

「いや、うちは父が普通の会社員の家庭だったし、母親も教育ママってわけじゃなかったから、普通に近所の保育園だったよ。」

と答えながら亜衣は保育園の途中で〝干されそうになった”過去を思い出した。



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やらかし

今でも夢に見るやらかしがある。後にも先にも親を呼ばれたどころか、通報までされて警察の厄介になったのはあの時だけだ。夜中に夢に見て「ヤバい、眠り込んじゃった!!」と飛び起きることが今でもある。

保育園時代のこと、その日は市の総合施設のイベント広間で地域の人たちと触れ合う催しものの日だった。

亜衣はその途中で図書室を見つけ、「本が私を呼んでいる。」と言わんばかりに先生の目を盗んで図書室へと忍び込んだ。

あえてカウンターのすぐ前をしゃがみながら通り、司書に見つからないように本棚ゾーンまで進んだ亜衣は、踵を上げてつま先立ちでギリギリ届く高さの本を頑張って取り、またまたこっそりと窓際のほうへ忍び足で進み、大きめのカーテンに身を包んで隠れつつ本を開いた。

〝次世代テレロボティクス 決定版”

園児が読むには似つかわしくないどころか、タイトルからして普通の大人にとっても難解な専門書だった。

「ここなら誰にも邪魔されずにゆっくり読める。」

1つのことに夢中になると他のことが見えなくなるほど集中してしまう亜衣は、少しのつもりがついつい読み耽ってしまった。

「亜衣ちゃんがいない!?」

別のフロアーでは引率の先生たちが大騒ぎして館内を探し回るも、カーテンにきれいに身を隠した亜衣に気づくことができず、ついには警察へ通報する事態となった。

そんなことになっているとは知らない亜衣は、普通の園児には数行も読めるはずのない専門書を数時間で数回読み直し、、、
満足してその場でカーテンに包まったまま寝てしまった。

玄関ロビーでは知らせを受けて駆けつけた両親と、警察・その他職員が最悪の事態も頭にチラつかせながら、そろそろ日の暮れそうな空を見つつ緊迫した空気の中話をしていた。

その時、普段なら滅多に鳴くことのない施設に住み着いているもはやマスコット的な猫が、図書室の窓際から

「みゃ〜ご!みゃ〜ご!!」

と何かを知らせるようにアピールした。

もしや・・・!と施設の職員が図書室の窓際に駆けつけると、専門書を抱きしめながら「テレロボティクスの研究で表彰される自分の夢」を見ながら気持ちよさそうに眠りこける亜衣を見つけたのだった。

図書室の司書のお姉さんは猫の喉を撫でながら、「お手柄だったわねぇ、レオナルド。」と言った。

いったん保育園に戻って、事の次第を知った園長から、

「前から思ってましたが、この子は何かが違います!普通の子とは違います!こちらの管理不足もありますし、子どもは予測不可能とはいえ、この子には大人の目を掻いくぐって何かをしでかそうという意思を感じる!!こんなことが続くなら退園してもらいますから!!」

園児と長年に渡って接し続けてきた経験のある園長は、亜衣の挙動のおかしさには気づいていたものの、まさか持っていた専門書が枕代わりではなく本当に読むためのものとして持っていた、というか読了のものとは思いもせず、ずば抜けた頭脳を持っている亜衣が普通でいるために頑張って普通を演じているとは夢にも思わなかった。

「ご、ご迷惑をおかけしてすみません。重々言い聞かせておきますから。。。」

両親はそう言って謝り、何とか通わせてもらえるようにお願いした。

「いいえ、他の園児とのこともありますし、今後通園は控えていただ  」

「ちょっと待ちなさい。」

白髪混じりの初老の女性が割って入ってきた。保育園の理事長だった。

「その子を退園させたとして、また同じようなことが起きないとも限らないでしょう?表面的な要因だけを見るのではなくて、トラブルの根本の原因を考えて対策するのが大事なんじゃないかしら?」

「り、理事長! ですけど。。。」

「この子を退園させるのは簡単だけど、もしまた似たようなことが起きて大事になってしまった時には、あなたこそ悔やんでも悔やみきれないんじゃないかしら?」

理事長は亜衣の頭を撫でながら、園長を見て諭すように言った。園長に保育園を守ろうとするプロ意識があるからこその〝暴走”だと理事長は理解していた。

「解りました。。。」

園長はすぐに他のスタッフを集め、その日のうちに会議を開いた。

以降、園外でのイベント時にはGPS付きの小型防犯ブザーを園児の首から下げておくということになり、その対策のきっかけを作ったのは亜衣ということで恩赦として通園許可が出たのだが、

亜衣にとっては、それまで以上に保育園でも〝普通”の行動を強いられることとなり、ある種の抑圧された状況下で過ごしていくことになった。

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夢について

「ねえ、亜衣、聞いてるの?」

亜衣の一点集中の目線を散らすように手の平を亜衣の顔に向けて振りながら寛子が言った。

「あ、うん、ごめんごめん。何だっけ?」

「もうアンタはいっつも! まあいいや。だから私ね、留学願望がまた出てきたの。大学の時は何だかんだで行動に移せなかったからさ。今ならワーホリが良いかな? ね、どう思う?」

※ワーホリ=ワーキングホリデー
https://www.jawhm.or.jp/

「留学? じゃあ、会社辞めて行くの? まあ一定の資金を貯めてから行くっていうパターンも多いわよね。 行くならどこ?ヨーロッパ? オーストラリア?ニュージーランドも過ごしやすそうで良いわねぇ♪」

楽しげに亜衣が言った。

「ねぇちょっと、旅行に行くんじゃないんだからさ。私、大学時代から考古学が好きなのは知ってるでしょ? 世界の発掘現場とか化石とか、直に触れてみたいのよね。現地で思いっきり研究してみたいなぁと思って。」

大学時代にソフトテニスサークルで知り合って以来、女子として陽の当たるほうで生きることをメインにしていると思っていた寛子から「研究」という語が出たのは意外だったが、寛子とてトップ国立大で歴史を専門にしていた才女であることには違いなかった。

そこから留学や考古学について亜衣に話し始めた寛子、亜衣は亜衣で畑違いとはいえ研究に没頭できる環境に身を置くにはどうしたら良いかということにはとても興味があり、時間を忘れて侃侃諤諤と話し込んだ。

そんな〝お姉さん”2人を横目に3歳の仁絵はお気に入りの「白雪姫」の絵本を開いて夢中で読んでいた。

「でも、『言うは易し 行うは難し』よねぇ。。。」

寛子はカプチーノをスプーンでかき混ぜながら言った。

「アンタは夢とか目標とかないの? あ、そういえば、気になるあの人とはどうなったの?進展はあったの?」

寛子が女子モードになって目をキラキラさせながら聞いた。

「・・・あの人?あっ、Mikyさん! ヤバっ、ちょっとお茶するつもりがもうこんな時間!帰って検証しなきゃ!」

亜衣は慌ててカフェラテを飲み干すと、

「ごめんね、今日はこの辺で。仁絵ちゃんもまたね。ちゃんと〝お姉ちゃん”の言うこと聞くのよ。」

そう言ってカフェを後にした。


次回 第5話「2日目」




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