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第3話「1日目」

前回 第2話「回想」

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公園にて

亜衣は仕事が休みの土曜日、家の近くの公園内をブツブツと独り言を言いながら歩いていた。銀杏の並木道が良い風情を出している。グルっと一周すると30分ほどかかる、散歩にはちょうど良い広さの公園だ。

週末のためか家族連れやカップルが多かったが、考え事に集中すると周りが見えなくなる亜衣は、年頃女子が土曜日の昼に一人でぶつぶつ言いながら一心不乱に早歩きしていることなど、全く気になっていなかった。

「水平は、時間が読めないんじゃなかったの?」

昨夜、亜衣の緊張とは裏腹に「何でも聞いて来いし!」と気さくな(?)感じで件の〝凄腕トレーダー”から返信が来た後、

チャットによる〝個人レッスン”のような形で質疑応答をしてもらった。

「Mikyさん、寡黙なイメージと全然違ってフランクな方で良かったです♪」と言うと、

「勝手なイメージ持つなし! トレーダーなんて、だいたい喋りたがりの癖の塊だし!」

との返答。
まあ確かにそれも一理あるなと思った。

SNS上をザッと見ただけだが、海老のかぶりものをしたり袈裟姿の坊さんが説法をするように相場の教訓を語ったりと、いろんなキャラクターのインフルエンサーがいることからも、「トレーダーって個性的な人が多いなぁ」とも思っていた。

ひとしきりプロフィールやトレード上の悩みを聞いてもらった上で、Mikyさんからの最初のアドバイスとして

「1ヵ月間、水平だけでトレードすること。

頭の中で補足としてサポートラインを意識するのは良いとしても、エントリー・損切・利確まで水平でやること。」

という指令を受けていた。

なぜ水平縛りを課されたのか、亜衣は考えていた。

「斜めの重要性はMikyさん自身がブログ内で力説していたことよね。〝斜めでないと時間が読めない”とも言っていたわ。それでどうして水平だけでやれなんて言うのかしら。。。?」

亜衣は持ち前の高IQからいろんな可能性を探りつつその意味を捉えようとしていたが、これという答えは出なかった。

ースロープを転がってくる野球ボールー

「すみませーん!」

遠くから小学生くらいの男の子が亜衣に向かって言った。

亜衣は少し前方を一点集中見つめて考え事をしながら、視界に入って来たボールを掴んだ。

「考えても仕方ない、返ってチャート検証しよう。」

亜衣は男の子のほうへボールを投げてあげると、家路に着いた。


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自宅にて

その日は1日中、水平線の引き方について改めていろいろと考えてみた。

「3波の始まりと5波の終わりに合わせるには。。。」「いや、波はNかEかなんだから、その達成ポイントに合わせるのが正解?」

チャート分析を始めたばかりの頃に一通りやってみた水平線の検証。

それで行き詰まって辿り着いたのが〝斜め”の世界だったのだが、特にフィボナッチを効かせた〝Miky先生”のラインは、波のほうがラインに合わせて動いているのではないかと錯覚するくらいインパクトのあるものだった。

「あれだけ試してダメだった水平線を、同じ視点でもう一回取り組んでも、結局答えは出ないに違いないわ。。。

波の到達点を当てるっていう視点ではダメなのよ。ざっくりでも良いから、ブロック分けした値動きの型を取るように水平を引いて、それで反転を確認してからエントリーすれば、、、」

が、実戦では全然ダメだった。反転するのか小反発なのかの見極めが出来ず、エントリーしたと同時に逆行する。

エントリーせずに見送った時に限ってイメージどおりに反転し、慌てて飛び乗ると目標値まで行かずにそこからまた逆行。。

それも動きの激しい仮想通貨FXに手を出していたからか、資金が減るのも早かった。

「ヤバい、、、また口座を飛ばした。。。」

他人より何倍も何十倍も思考が速く深い亜衣。その分凹むのも他人より何倍も何十倍も速く深かった。

「本当自分の馬鹿さが嫌になる。。。何でこんなに馬鹿なのかしら。今までの出来る自分は幻想だったの?なんでこんなに上手くいかないの。。。」

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「Miky先生、こんばんは。Aiです。

また口座を飛ばしてしまいまして、完全に行き詰まってしまいました。どうしたら良いか自分では分かりません。今までの人生でこんなことが⭐︎◇▼〜」

夜になって亜衣は半べそをかきながらすがるようにMikyにメッセージを送った。

「やっぱりだし!想定内だし!さすがだし!それでこそ教えがいがあるってもんだし!」

(「『だしだし』うるさい。。。こっちは真剣に悩んでるのに何よ!」)

陽気で軽い返しに亜衣は常人よりも何倍も何十倍もイラッとしたが、それは高IQのせいではなく単に人一倍短気な性格がそうさせているだけだった。

特に学生時代、〝男子”という無神経に振る舞う生き物にはその短気ぶりを遺憾なく発揮しており、中学の頃には「お前頭良いくせに、給食の白飯だけいつも無計画におかずより先に食っちま 」

「シェェーーー!!」

ボグッ!

男子がからかい終わる前に顔面グーパンチを炸裂させていたほどである。


「こういう短気なところがトレードにも出ているんだ」と思い、何とか冷静さを取り戻しメッセージを続けた。

「斜めで動く波が見えていないのに、水平線でやる意味はなんでしょうか? 水平だけで勝つなんて達人技なんじゃないでしょうか?」

「何言ってるんだし! 斜めも水平も同じことだし!ブログではそもそも『モニターを斜めに傾けるとあら不思議。斜めの波も水平と同じ動きをしています。』って言ってるし!水平ありきの説明だし!水平で勝てない奴が斜めで勝てるわけないし!!」」

「た、確かに。でも『斜めでないと時間が読めない』っておっしゃってたじゃないですか?」

「そんな言い方は1ミリもしてないし!『斜めなら時間が読める!』って言ったんだし!全然意味合い違うし!」

「でも、でも、、、」

「君は数学が得意なんだし? 当然〝集合論”だってプロだし?」

「・・・はい。。。」

ある命題の逆が正しいとは限らない。というより日常の言葉においては、逆が正しくないことのほうが多かったりする。

ただ大多数の普通の人間は、〝思いたいように思い込む”という特性があり、「君だって例外ではなく、普通の人間だ。」ということを突きつけられたようだった。

これまでの人生、自分では「普通でない人間だから、何とか普通に振る舞おう。」としてきたことが、むしろ大きなアイデンティティの1つになっていたのだが、亜衣自身はこの時感じたモヤモヤを理解できずにいた。

「もう一つ、君はワイが斜めを推してるかのように思っている節があるし! ブログの最初のほうの記事を読み直すんだし!今日は遅いからもう寝るんだし。スヤスヤ寝るんだし!!」

「はい。ありがとうございました。」

スヤスヤなんか寝られないんだし。。。
亜衣は考えるのに疲れ果てて、泥のように眠った。

次回へ続く


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