朝起きて、胸にコルセットを巻く

朝起きて、胸にコルセットを巻く。

神田の街で働きだしてから、わたしの朝のルーティンになった。小柄で華奢ではあるが平らな胸板にエプロンを巻く。どうせ誰も気づきはしないけれど、プロのバリスタとしての小さな抵抗だ。  

わたしが勤めていたカフェは神田と秋葉原のちょうど間くらいにある。この街は男性中心の街だ。とくに40代、50代の古いジェンダー観の男性が多い。カフェのガラス扉から往来を眺めていると、この街には女は存在しないんじゃないのだろうかと錯覚する。

多くの男性客には男性店員はいないものと同じらしい。だが反対に若くて愛らしい女性店員には自ら声をかけプライベートに踏み込んだ会話をする。わたしが何年も積み重ねてきたバリスタの技術や知識は、彼らにとって何の意味もなく、店員はただ若くて無知で可愛らしい女の子であることが求められている。性的に媚び、間延びした声で話すことでやっと客と会話する資格が得られる。
そんな風に感じてしまう。

この街はわたしがわたしであることを許してくれない。

わたしはこんな時、性別のはざまに一人立たされているように感じる。ここにいることは許されず右か左か選ばなければいけない。若く大人しい女の子であるか、ただすばやくコーヒーを抽出する透明人間になるのか。  

女性差別は雨だ。
その雨に打たれない女性はいない。  

そんな言葉があるらしい。でも世の中には雨に打たれていることに気づかない人もいる。男性客に媚びる方法を提案しあい、媚びる腕を磨きたいと話す同僚のバリスタを見ていると、コルセットで締め付けられた胸がさらにキュっと苦しくなる。わたしの孤独な戦いを、バリスタとしてのキャリアを、同僚にも否定されているような気がする。

それでもわたしは一人小さな抵抗をする。
何者でもないわたしはただここに居続けているんだと抵抗する。毎日が見えない何かとの戦いの日々。まるで地獄のようなそんな日々だった。

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