見出し画像

教え子の、まっすぐな瞳が眩しくて

私の退職を知ったから…と、かつての教え子あやちゃんが遠くから訪ねてきてくれました。

あやちゃんは、33年前に私が大学を出て最初に勤めた山奥の小学校で出会った女の子。

卒業し巣立って行った後も、節目節目で連絡してきてくれる、かわいい教え子ちゃんの一人です。

最初の出会いから30年以上が経ち、泣き虫だった少女は今もう立派な大人。

何年ぶりの再開に胸踊らせながら、待ち合わせた喫茶店に到着すると、挨拶もそこそこに、あやちゃんは泣き出してしまいました。

「先生!どうして定年前に急に辞めちゃったんですかーっ?私はこれから先、どうしたらいいんですかーっ?」

ん?どういうこと?
あのね、私自身、養護教諭の仕事は大好きだったんだけど、家の事情で早めに辞めざるを得なかったのよ。
で、なぜ貴女が泣いてるの?

こうして久しぶりのお喋りは始まりました。

かわいい教え子との再会は、不思議なことに、それが何年ぶりであろうとも、一瞬で時が戻るものです。

今回も私たちは、あっという間に30年前の二人に戻っていました。

あやちゃんは、いわゆる優等生タイプの子でした。
真面目で気遣いができて、常に人のことを気にかけて。
あまりにもいい子のまま生きた彼女は、いつしか疲れてしまったのでしょうか。
登校するとお腹が痛くなり涙が止まらなくなるようになりました。
素晴らしいご家族に恵まれ、友達とのトラブルもなく、勉強もよく出来て、原因探しをしても特に何も浮かびません。

学校の玄関や昇降口で、泣きながら立ちすくむ日が続きました。
新米先生だった私は、なす術もなく下駄箱の横に二人並んでだだ時を過ごすだけでした。
なんとかなだめて保健室まで連れて入っても、そのままベッドに直行。
気の利いた台詞ひとつかけることもできず二人で途方に暮れた日々。

今思い出しても、情けないやら申し訳ないやら…。
何もできなかった自分が恥ずかしくて、ただただ謝ることしかできません。

今の自分なら、あの頃こんなふうに話をすればよかった…こんな接し方がきっと効果的だった…などなど色々浮かぶんですけどね。
時すでに遅しです。ごめんなさい。

すると、あやちゃんは強く首を横に振り、まっすぐ私を見て、こう言うのです。

「違うよ先生。あれは私が少し弱ってただけなんだよ。どうして欲しかったかって?あれでよかったんだよ。ただそばにいて、一緒になって困ったり悩んだりしてくれたじゃん。小学生でも、そのくらい分かるよ。あれ以上でもあれ以下でもないよ。」

そして、こう続けてくれました。

「だから私、養護教諭になったじゃん。私の道しるべは、ずっと先生じゃん。」

今度は私が泣いていました。

子どもって、そんなふうに思ってくれたりするの?
許されているのは、こちらのほうではありませんか。

教師は結局、こうやって子どもたちから「先生」にしてもらっているのかもしれませんね。

あやちゃんは、私のあとを追うように進学し、何度も教員採用試験に挑戦し続けて、本当に「保健室の先生」になったのでした。

最初の頃は「保健便りって何を書けばいいんですかーっ?」なんて電話がかかってきたりしていましたが、今やもうすっかりベテランの域。養護部会の役員をしたり研究会で発表したりしているのだとか。

教え子の活躍ぶりを聞いて目を細めていると、あやちゃんは大きな声でこう言うのです。

「でも、私が頑張れているのは、先生がちゃんといてくれているからであって、先生が辞めちゃったら私はもう頑張れる気がしない!」と。

なんという可愛いことを言ってくれるのでしょう。再び泣きそうになりながら、すぐに私は笑い出しました。

〜そんな、勘違いにもほどがあるよ〜

もう、あやちゃんは、私なんかより、はるかずっと先をしっかり歩いてるよ。

ひとしきり話をした後、あやちゃんは力強く前を向いていました。
「私、実はもっと勉強したいことがあるんです!頑張って、もっといい先生になります!」

家に帰って一人になったら、再び胸が熱くなってきました。

一瞬でも、誰かの道しるべになれたとしたら、それは私にとって何より幸せなことでした。
思いもよらぬ退職プレゼントとなりました。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?