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第47話:ある週末

 週末はたいてい幸太が来てくれる。必然、ぶっこちゃんにとっても親しい関係の人として認識されているものと思われる。が、今のぶっこちゃんにとって他者との関係性はどうでもよく、会う時間の長短のみが重要であるように、彼女を見ていて思う。
 しのぶは必然、毎日会うから最も親しい存在だと認識しているらしいが、それが孫であるということはどうでも良い。というより、既に忘れてしまっている。
 しのぶもしのぶで「私はぶっこちゃんの孫でしのぶという名前だ」などと主張しない。主張しても覚えてもらえない現実のほうが辛いかもしれないし、そもそもしのぶ自身そういうことはどうでも良いと思っている。なんとなく自分を頼ってくれる、安心して関わってくれる、笑かしてくれる。それだけで十分なのだ。
 幸太のことは「時々来る男の人」くらいの認識ではなかろうか、としのぶは感じている。自分に優しくしてくれる人。一緒に居て落ち着く人。ぶっこちゃんを観察していると、そうした雰囲気も伺える。
 そして、ぶっこちゃんが幸太と関わるようになって気付いた点が「ぶっこちゃんは結構男好き」なのではないかということだ。どうも、しのぶと関わる時よりも、甘えているように見えるのだ。
 最初は、男性優位社会に生きた人だから頼もしく感じるんだろうと思っていたが、どうも頼るを通り越して甘えているように見える。これは、自身の嫉妬心か、とも思ってみたが、いやそれもあるかもしれないが、単純にぶっこちゃんが幸太を気に入っていると確信するのは、幸太が我が家に来ると、無精者ぶっこちゃんのはずが必ず出迎えるからだ。メイコや宅配業者ではまずない行動である。
 幸太も懐かれて嬉しいようで、頻繁に饅頭なんかのお土産を買ってきてくれたりする。
 そんな二人は暖かい日はたいてい縁側に座り込んで雑談しているのだが、昼間でも冷え込む最近は居間でも寒いのかキッチンに集合する。
 幸太は仕事が立て込んでいるのか、テーブルにパソコンを開いて何やらカタカタやっている。隣でぶっこちゃんが暇そうにしているので、しのぶは幸太にことわってテレビをつけた。
 ぶっこちゃんは光るテレビに視線を移した。
「あーこの人誰やっけ、忘れてもうた」
 幸太が返事するかと思いしのぶは黙っていたが、幸太は集中しているらしくパソコンから目を離さない。
「あー思い出されへん、向こうは覚えてはるやろ」
「ぷっ」
 しのぶは思わず吹き出したが、幸太も同時に吹き出したので、聞いてたんだと思ったが敢えて口にはしなかった。
 ぶっこちゃんはと言えば真剣にテレビを見ているが、次第に飽きてきたのかしのぶの方をちらちら見だし、しのぶが振り返った瞬間を狙って話し出す。
「その服、Mか?Mやない、中やな」
 どうでも良いが、面白い。しのぶはぶっこちゃんの傍まで行って耳元で「Lやで」と言った。
 ぶっこちゃんと幸太の後ろを通過して食器棚の食器を取る。すかさずそれを見たぶっこちゃんが喋る。
「食器棚のそこ、開けたら寒いなぁ、風が入ってきて。ちょっと暑いときはええけどなぁ」
 喋った後、決まって幸太の様子を伺うぶっこちゃん。これはどうも、かまってちゃんではないか?しのぶは幸太の背中をトントンと叩いた。
「ん?ああ、ごめんねぶっこちゃん。もう終わるからね」
 幸太はそう言いながらも、まだパソコン画面を眺めている。
「こんなところでよく仕事できるね、はかどらんやろ」
 しのぶは幸太に向けて言ったのだが、その言葉にぶっこちゃんが反応する。
「じっとしてても何もはかどらん、一歩でも進んどこ」
 ぶっこちゃんはそう言って、座ったまま一歩足踏みした。
 家に居ながらも、内容の濃い週末になりそうだ。

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