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第45話:情熱家

 ぶっこちゃんの様子は日によって異なる。おもいっきり甘えん坊の子どものような時もあれば、認知症だとは思えないようなハキハキとした口調で話すこともある。特に幸太に対しては前者の場合が多いように伺える。男の人を敬い頼もしさを感じる男尊女卑が当たり前だった時代を生きた女性が表出しているのか、若しくは若い日に返ったぶっこちゃんが男性と話す姿なのかは分からない。そうかと思えばメイコなどに対しては幾分しっかりした態度で話す。無意識下にボケ老人扱いされたくないというような感情が表出するのかもしれないが、内容がちんぷんかんぷんなのでバレていて、そんなぶっこちゃんに対して子どもと話すかのようにメイコは軽くあしらうが、あくまでもしっかりしているつもりでいるらしいぶっこちゃんとの間にまとわりつく空気を、少し離れた場所からクスクス笑って見るのをしのぶは密かに楽しんだ。
 しのぶに対しては、中間くらいかもしれないが、どちらかと言えば前者に近いような気がして、なんとなく嬉しい気持ちになる。
 ぶっこちゃんがしのぶのことを孫だと認識できているかどうかは正直分からない。昔から祖母という感じではなく、かと言って親という感じでもなく、関係性を表現するならば「友だち」というのが近いような気がする。それは今も変わらない。変わらないが、今はしのぶが居なければぶっこちゃんの日常が成り立たない。つまり、世話をする、される間柄であるというのが2人の友好的な関係性を少し邪魔する。
 ぶっこちゃんは昔から何かをやってあげる人であり、してもらう人ではなかった。何かしてもらうのは常に男性であり、女は男に頼らねば生活できないという価値観で生きてきた。そうしたぶっこちゃんからすると、しのぶは余計なことをする邪魔なやつでしかないのだ。だが、そのしのぶがいなければ実際困ることになるという現状をごまかすためにも強気な態度でいなければならない時もあるわけだ。
「ほな、出かけてくるわ」
 ボサボサの髪を隠すように手ぬぐいをほっかむりにしてユニクロの薄手のダウンを着たぶっこちゃんが部屋から出てきた。
 平日の、昼前である。起きる時間としては、だいたいこんなもんだろう。玄関で拭き掃除をしていたしのぶは「うん」と応える。
 ぶっこちゃんは壁をつたって、よたよたと歩いてくる。しのぶは、今日のコメディー劇場が始まったと思ってほくそ笑んだ。
「一人で寂しなるけど……誰か知った人来るかもわからん……」
 玄関の段差を慎重に下りようとしている。しのぶは笑いを堪える。
「来ないかもわからんけど……」
「ははははは」
 堪えきれず、しのぶが笑い出した。ぶっこちゃんは、どないしたん?とばかりにきょとんとしている。自分が面白いことを言ったということに気付かず、また外に出ようと靴を取ろうとする。
「あ、ぶっこちゃん待って、私の手、右温かいねんけど左冷たいねん、なんでやろ?」
 そう言ってぶっこちゃんの手を握る。
「ぶっこちゃんは両方温かいなぁ」
「情熱家や」
「ぷっ」
 しのぶはまたもや吹き出す。
「ほな、その情熱家さんにお願いがあるねん。豆がな、剥いてほしいよう言うて待ってよる」
「そうなん?」
 ぶっこちゃんは得意なことをお願いされると嬉しいらしい。出かけようとしていたことなど忘れて情熱的に仕事に取り組むのであった。
 

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