すてきだね!

お洒落をしたときの話。

去年の夏を思い出す。

もちろんコロナなんて言葉も脅威もなく、夏休み真っ盛りな電車内は楽しい雰囲気と少しお洒落をした人々で賑わっていた。

私も人々に混じり、シックなネイビーカラーのノースリーブドレス風オールインワンを身に纏い、白い紫陽花の花弁をそのまま加工したイヤリングを耳に揺らし、爪先はじっとり濡れたような赤いネイルを施し車窓から景色を眺めていた。

途中の駅で、中学生くらいの男の子が勢いよく乗り込み、最前列の車掌室窓に張り付いて目を輝かせていた。

大きな声で楽しそうに駅名や車掌のアナウンスを繰り返している。
見た目の成長度に合わぬ言動や行動から、多分知的に遅れやなにか障害を持っていそうな彼は電車が好きなのだろう、車内で誰よりも輝いて見えた。

乗客達がすこし彼から距離を置く。
私は同じ場所から彼の近くでのんびり車掌室を見ていた。

ふと彼の目線に気づく。
「おねいさん!とってもすてきだね!
お洋服も、耳のお花も、赤い爪もとってもきれい!
すてき、すてき!」

ニコニコしながら彼が私の全身を褒めてくれるものだから、思わず私もつられて微笑み返す。
「嬉しいな、ありがとう。」

私が応えると彼はにっこり笑い「すてきだね!」ともう一度言って二つ先の駅で降りていった。

純粋でキラキラしたパワーを爆発させた彼が降りたあとの車内は、色も雰囲気もワントーン落ちてしまったかのように感じられた。

待ち合わせ場所につき、デート相手に手を振る。
「さっき服装を褒められたよ。どうかな?」

「ん。」小さく頷く返答者を見つめながら、今日1番嬉しくなる言葉をくれたのは、目の前の待ち人ではなく電車内の彼だったなぁと苦笑いした。

あの子は元気かなぁ。
きっと今年はマスクを着けながら、元気よく駅名を呟く彼の姿を思い浮かべた。
今度会ったら、私が彼のすてきな所をたくさん伝えよう。

夏が、今年も終わりを迎える。

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