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プロローグより続いています。



高校生活とアルバイトで
忙しかったが充実していた。
友達と遊びに行けるようにもなり
たまには渋谷に洋服を買いに行く。
彼もできて、
普通の高校生活を満喫するようになっていった。


でも、家に帰るといつもの怒号。
その種類は昔のものとは変わっていた。
そして私も幼い頃のように布団を被りはしなくなったが
居場所が無いように感じていた。

祖父母が好きだった。
もちろん、母も大好きだった。
でも、いつもその間に入り橋渡しする自分に
疲弊していた。
こんなに好きなのに。
なぜ。


高校二年。
母に家を出ようと相談した。
母には家を借りるようなお金が無いことは知っていた。
でも、自分で切り開けばなんとかなる。
そう硬く信じていた私は、
母を連れ、親戚の人からお金を借りるように説得した。

その間に一人で物件探しを始めた。
学校とアルバイト、不動産屋巡りを一人でこなしていく。
メイクもし見た目は大人のような風貌になっていたが、
唯一の身分証明書である学生証を見せると、
不動産屋の人たちの顔色が一変する。
早く引き取って欲しいと言わんばかりに
目を反らせていくのだ。
そして「保護者を連れてきて欲しい」
数え切れないほど言われた。


その度に
私の保護者って誰なのだろう。
私を護り、養い、保護してくれる人は
一体誰なのだろう。
そんなことが頭をかすめていく。
そんな中、
唯一取り合ってくれた埼玉県にある不動産屋で
小さなアパートの一室を紹介された。

階段を登り玄関を入ると
右手に人が一人立てば一杯な小さなキッチン。
左手にはユニットバスで
目の前に5畳くらいの振り分けタイプの部屋が二つ。
これだけあれば二人で住める。
ここに決めよう。



契約当日、
その日だけなんとか母に来てもらい
そこに引っ越すことになった。
祖父母は、私と離れることを淋しがっていた。
後ろ髪を引かれないわけでもなかった。

でも、見たくなかったのだ。
怒号の飛び交う家族の攻防戦。
私にとっての大切な人たちの見たくない姿。
もう振り返ることもしたくはない。
たまに遊びに来るからと説得し、
家財道具もない私と母はすぐに引越しをした。



引越しを機にアルバイトも変えた。
今度はアルバイトで夢を叶えようと、
「ブルーノート東京」という有名老舗ライブハウスに
履歴書を持って“飛び込み”で面接を申し込んだ。
かつて義父などの話から聞いてはいたが、
さすがに老舗の有名店と呼ばれるだけあって
高校生の私相手にも品格ある
それでいて的確な分かりやすい対応をしてくれた。
君の意気込みは分かった。
ただ、この店は働きたいという大人たちの履歴書も
たくさん抱えている。
その上、高校生は扱ったことが無い。

ぐうの音も出ないとはこういうことなのだろう。
夢とは言っても私の来る様な場所ではないのが、
紳士的な話から伝わってきた。
いつかまたここに来たいとだけ最後に伝え、
履歴書を残して帰ってきた。


それから数日後。
ブルーノートの面接を担当してくれた男性から
突然自宅に電話がかかって来て、
思いがけない言葉を聞かされることになった。
知り合いのオーナーが恵比寿にあるJAZZバーがオープンする。
その店長がちょうど店内の掃除やウエイトレスをする人を
探していると紹介してくれたのだ。
恵比寿のその店には専属ピアニストがおり、
毎日JAZZライブも行なわれ賄いも付いているという。
私には十分過ぎるほどの条件だった。


翌日、私は生まれて初めて恵比寿の駅を降り、
駅から徒歩3分という好立地のその店で働くことが決まった。
そして日中は都内の学校へ行き、
母との二人での生活を節約するため
一度アパートに戻り食事を作る。


アパート暮らしが始まってから、母は百貨店勤めを始めていた。
そんな母が戻ってきてから食べてもらえるように夕食を作るため
都内の学校から一度埼玉のアパートに帰り、
その後、再び恵比寿にあるアルバイト先に向かう。

忙しさに拍車が掛かったが、
私はこれまで以上に幸せだった。
気付けば、
生まれてから血の繫がった家族だけで暮らすのは
私にとってこれが初めてだったからだ。

母と二人。

お互いに忙しく顔を合わせることも少ないが、
初めての親子での生活が嬉しくてならなかった。
だから、都内と埼玉のアパートの往復生活も全く苦ではなかった。
そんなことを思わせないほど
初めての家族だけので暮らしているという感覚が、
私には幸せでならなかった。
私はこれを求めていたのだろうか。
かつて義父に馬鹿にされた「小さな家」より
さらに小さなアパート暮らしが、
これまでの人生の中で一番幸せだと感じていた。



ある日、アルバイトが早く終わりアパートへ戻ると、
遠くから部屋の明かりが微かに点いているのが見えた。
いつもよりも母と長く話ができると思った私は
足早にアパートの階段をかけ登り、
玄関の鍵を開ける。


靴二足ほどで一杯になる玄関の土間に、
見慣れぬ男性物の靴が揃えてあった。
ザワザワした。
息ができなかった。

部屋を開けると、
知らない男が母と親しげに話をしていた。
誰?


私と母だけの、初めての親子だけの…
私のほんのささやかな幸せの家が
一ヶ月もしないうちに終わった瞬間だった。

嘘だ。誰か嘘だと言って欲しい。
誰に何を叫んでいるのだろう。


私はバックを片手に玄関から飛び出して、
目の前を通ったタクシーに飛び乗った。
行き先なんて無かった。
後ろには血相を変えて追いかけてきた母が見えた。


行き先なんて無かった。
ここが、私と母の幸せな家だったのだから。





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