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19.義父を殺した日

プロローグから続いています。


仕事もプライベートも充実していた。
毎日が楽しく過去がどうとか考えることが少なくなった。
それでも時折
母と共に弟宛にお肉やお菓子を送っていた。
誕生日やクリスマスになればプレゼントを送ることもあった。

すべてが上手くいっていた。
贅沢言えば色々あるが
すべてが良い方向に向かっているように思えてた。

弟に会った余韻が覚めやらぬ頃
事務所に一本の電話が入った。
義父からだった。
携帯電話の番号も知っているのに、なぜ事務所?
同僚などにはまだ自分のことを話しておらず、
また、そこは見渡せるほどの個人事務所。
隠れるように電話で話さなければならなかった。

実は今度○○(弟)の遠足があって、
参加費が少し足りないんだよ。
5千円で良いから貸してくれないかな?

胸騒ぎがした。
5千円は貸せないお金では決してないが、
これを出していいのだろうか?
なぜ私に言ってくるのだろう?
そんなことを一瞬の間に判断しなければならなかったが、
その時は弟の生活費をあげるつもりで振り込んだ。
きっと戻っては来ないだろう。
それでも良いと思ってお金を貸した。

翌月、義父からまた事務所に電話が入った。
仕事が終わったら連絡しなおすと伝えても
一方的に話し続ける。
習い事のスポーツが本当に上手くてね。
今度、試合で地方遠征に行くことになったんだよ。
給料が出たらすぐ返すから、
2万円くらい振り込んでくれないか?

二度目で私はすべてを悟った。
義父は弟に会わせることを切り札に
私からお金を引き出そうとしているだけなのだ。
そして事務所に電話しておけば、
私がすぐに返答をしなければならないことも知っていたのだろう。
でも、当時の私に他の選択肢は無かった。
いや、考えられなかっただけかもしれない。
母にだけ話し、私が立て替える形で払うことになった。

ますます電話の回数が増えていく。
もう事務所にも隠しきれなかった。
同僚と弁護士に相談し、居留守を使うことも多くなる。
それでも度々掛けてくる。
その度に、弟の生活費が心配になり
弟がご飯を食べはぐれないように…
そんな風に言い聞かしながら振り込んでいく。

貸したお金は、すぐ数十万に達した。
お金よりも弟と会えなくなるのが怖かった。
せっかく会えるようになったばかりだ。
3歳で生き別れとなり何もかもが始まったばかりなのだ。
あの時、私は自分のことで必死で何もしてあげられなかった。
まだ弟に「お姉ちゃん」と呼ばれるようなことは…
だから、あげたつもりで振り込んでいく。
母に後から返してもらうこともあったが、
回数があまりにも増え
次第にに母に伝えることすらできなくなっていった。


そんなことが続き一年が経った頃、
義父からこう切り出された。

実は家を追い出されそうになっている。
仕事はちゃんとしているよ。
でも社会情勢が悪い。
滞納しているのは仕方の無いことなんだ。
家を借りる時の保証人になってくれないか。
保証会社を通すけれど
そこにも肩代わりしてもらっているから保証人が必要なんだ。
麻貴は弁護士の事務所勤務だったらすぐに審査にも通る。
心配はいらない。
仕事はしているから。

どれもこれも信用できる言葉は無かった。


数日後、保証会社から連絡が来た。
義父との契約の日に来て欲しいとの連絡だった。
23歳。
弟のためとは思っても
私には抱えきれるほどの器は無い。
でも、私が断ったら弟はどうなってしまうのだろうか?
答えが出ぬまま、銀座のとある保証会社に向かった。
保証会社に向かうと義父おらず、
担当者の男性に呼ばれて一人来客室に入っていく。

○○(義父)さんは、1時間後に呼んでいます。
私としては保証人としてサインしてもらったら助かるけれど、
もうあなたは娘じゃない。
きっと○○(義父)さんは払わない。
あなたが全部払うことになることは目に見えている。
私の立場から言う事ではありませんが
あなたが全部抱えることは無い。
そしてあなたが保証人になったら、
きっと○○(義父)さんは今よりもダメになっていく。
だから、あなたはサインをしてはダメだ。

保証会社の担当の人の言葉にびっくりした。
保証会社としては、
私がサインした場合お金の出所が確保できるのだ。
それなのにも関わらず私のことを案じてくれている。

私は心を無にした。
むしろ鬼にした。

義父が到着し
担当の人は私を先に呼び出していることを伏せて、
何食わぬ顔で手続きの話をし始めた。

私は保証人になれません。
その言葉に義父の顔が凍りつく。
分かりました。
○○(義父)さん。
また、別の方を探してからいらしてください。
そう一言だけ担当の人は言うと、
その場を立ち去った。


無言のまま二人でオフィスを出る。
銀座の街を無言で歩き喫茶店へ入っていく。

どういうつもりだ?
堰(せき)を切ったように詰め寄られた。

私は保証人にはなれない。
もうお金は出せない。
それを言うのが精一杯だった。

顔を真っ赤にし、
握り締めたこぶしを震わせながらこう言った。

麻貴は俺を殺す気か!

もう私には何も言えなかった。
言葉が何も出てこなかった。
何もいえないまま、千円置いて店を後にした。


悲しくて悔しくて、そして怖くて…体中が震えてた。
どうやって家まで帰ったのだろうか。
憶えてない。
本当にこれで良かったのだろうか。
それすら分からない。

怖かった。
本当に怖かった。
この先どうなるのか分からなくなるなることも怖かった。
そして、
私が義父を見るのはこれが最後となった。




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