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500字短篇:『高三の淡い夏』

高校三年生の夏。部活を引退した多くの学生は、大学受験に備えて勉強に本腰を入れる。塾の夏期講習、模擬試験、図書館に籠もって赤本で対策。毎日7時間以上勉強する。それでも時間は足りないくらいで、常に学生は焦燥感に駆られている。

そんなか、僕はプールの排水口に吸い込まれている。
流れるプールで流されるままに流されていただけなのに、いまとなっては下半身のほとんどが排水溝に吸い込まれている。

そろそろ息が続かない。死ぬ。僕は抵抗するのをやめた。すると海に揺られるワカメのごとく、ふにゃふにゃと体全部が吸い込まれた。

「うっ...」目を開けるとそこは海の中だった。驚くことに人魚がいたから、すぐにここが海中だとわかった。しかし、どうにも不思議なことに、海洋生物や人魚と一緒に、数字が漂っている。

CR海物語のなかだった。
遠くを見ると、巨人がいた。巨人中年オヤジがいた。進撃の中年。
どうやら進撃の中年オヤジがリーチしているところに突如僕は現れてしまったらしい。

進撃は祈っている。養いたい妻子がいるのだろうか。大人とはこうも残酷な世界を生きているのか。それでも、僕は世界を肯定したい。

進撃の祈りは、水泡が弾けるように儚く散った。

その落胆した顔を僕はきっと一生忘れないだろう。
高校三年、ひと夏の淡い思い出。


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