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小声コラム#37 窓際に夏

金持ちが住んでいるであろう白くて新しい住宅の隙間から、青が突き抜ける空を覗く。

まだ蝉は鳴かないかわりに、名前を知らない数匹の鳥がいかにも朝を思わせる音を鳴らしている。

これから昼にかけて気温が上がって、大きな入道雲が浮かびだす。そのなかには地球の水も、生き物の血も平等に雨になるのだ。なんて、知った風な偉そうな頭。

少し早く起きた日は、ラジオ体操へ向かう気怠い思い出が香りになって鼻をくすぐる。今の景色に朝顔は咲かない。窓際に沿って足を伸ばして、背中を壁に預ける。扇風機の首は回らない。雷が鳴り、夕立が訪れる。


海を思い出す。祖父母が暮らす街の海。
軽トラックの荷台。冷えた身体をタオルで包んで、砂浜にいた足がなんだか不思議だった。海水を祓う澄んだ水道がなんだか苦手で、でもその感覚は失くしてしまったような気がする。

空に向かってスイカのタネを飛ばして、囲んだ火から灯した花火を振り回した。いつからだろうか。儚さばかりに気を取られる夏になったのは。

隙間に覗く真っ赤に焼けた夕暮れ。心を燃やす夏の魔法の秘密は、大人になっても知らないまま。


#37 窓際に夏

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