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「不滅の恋/ベートーヴェン」感想 /配信を待ち望む、その理由

ふとしたキッカケで記憶がすっと蘇ることがある。私にとっての今回の「それ」はネットサーフィン中に再見した、ある有名な動画がキッカケだ。

この動画で久々にベートーヴェン作曲の交響曲第九番「第九」を聞き、「第九」が印象的に使われている、ずいぶん昔にみた映画を思い出した。それが1994年に公開された「不滅の恋/ベートーヴェン」。「レオン」の悪役や「ハリーポッターシリーズ」のシリウスでお馴染みの、ゲイリー・オールドマンがベートーヴェン役を演じている。

実際の史実として、ベートーヴェンにはいまだに誰かが明らかになっていない「不滅の恋人」がいた。その彼女に宛てた手紙が死後に見つかっている。

ベートーベンの秘書だった男が、彼の死後、その「不滅の恋人」を探し当てるために心あたりのある女性の元を訪れ真相を尋ねる、というのが、この映画のストーリーの始まりだ。

私がこの映画を最後にみたのは、今から20年以上も前のこと。当時私は学生で、音楽大学のピアノ科に通っていたいとこと、そしていとこの親友とよく一緒に遊んでいて、そして3人が一致して「最高にいい映画だよね」と言い合ったのがこの「不滅の恋/ベートーヴェン」だった。
「特にいい」と全員が感じたのはベートーヴェンがピアノの蓋に耳をあて、ピアノソナタ「月光」を弾くシーンだ。そこにはピアノと音楽を愛して止まない気持ちと、それを難聴のためにしっかり聞くことができない悲哀が痛いほどこめられていて、それに曲の美しくも物悲しい旋律が絶妙に調和していた。今までに観た何百本の映画を振り返った中でも群を抜いて印象に残るシーンで、今回観返してみても、鳥肌がたった。
そして最初にみた時も今回も、涙が止まらなかったのは、第九の初演のシーンだ。映画のクライマックスまでに鑑賞者が追体験するのは、ベートーヴェンのちっとも輝かしくない、苦渋の出来事ばかり。そんな、決して順風満帆じゃない、むしろ苦難に満ちた人生を送ったベートーヴェンが最後にこの曲を完成させたことの見事さが、この映画を観ながらだとより深く感じられる。親から暴力を振るわれ、搾取され、兄弟とも上手くいかず、恋愛もダメ。手をかけた甥に絶縁状をつきつけられ、特に晩年はみじめな生活をしたベートーベンが、亡くなる前の年に完成させたのが、第九なのだ。人間て強いなあ、と思う。そして何だかすごく、勇気をもらう。

この映画は史実に忠実でないという理由で音楽愛好家からの評価が低く、また不幸なことに何の映画賞もとらなかった事から、現在鑑賞するのがとても困難だ。配信されていないし、DVDレンタルできる店を都内でみつけることができなかった。今回はどうしても観たくて、定価の2倍以上を払ってプレミアのついた中古のDVDを手に入れた。

20年以上振りに再見して思う。映画としての出来はそれほど良くないかもしれない。史実の問題の他にも筋が不自然なところがあって、特に観返すと、辻褄が合わないと感じるところがある。
それでもやっぱり、この映画はできればAmazonプライムやNetflixで配信されて、興味を持った多くの人が気軽に観て欲しい映画だと強く思う。史実的に違っていても、多少の筋の粗さはあっても、ピアノに耳をあて月光を弾くシーンと第九のシーンは、きっと一度みたら一生忘れない。そして何よりベートーヴェンの生涯を知ると、どんな困難も乗り越える力が人間にはあると、信じられるようになると私は思う。

ベートーベンの第九初演時の楽譜が2003年にサザビーズで競売にかけられた際、それは「人類最高の芸術作品」と紹介されている。


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