【恩師シリーズ】試着を楽しむ
今まで出会ってきた先生が教えてくれた言葉の中でも、私の心でいつまでも色褪せないものをピックアップ。
第1回に引き続き、高校時代の家庭科T先生のお話です。
被服分野の授業で1番最初に教わったのは買い方だった。
「セール品には2つあります。1つは、セール期間になってから定価の服を値下げしたもの。もう1つは、セールのために作ったものです」
最初聞いた時にはセールがゲシュタルト崩壊して、ちょっとよく分からなかった。
過去の私のために整理すると、つまりこういうことだ。
セールと聞くと、私たちは自然と「元々は高かった商品が値下がりした」と感じる。だからお得だと思って買いに行く。
とはいえ、中には「元々安くつくった商品をさも安くしたかのように売っている商品」もあるということだ。
5000円のワンピースが3000円になってくれたら嬉しいが、3000円のシャツを3000円で買ったところでお得感はない。
そこで――とT先生は言った。
「見分けるためには部品を見ましょう。ブラウスならボタン、ジャケットやカバンならチャック。安物は、そういうところにお金をかけません」
なるほど。
当時の私は、先生の話に先回りして(見るなら縫製でしょ)と思っていたが、衣服なんてそもそも縫製の最終形態だ。それをくまなく探っていたらきりがない。
と思っていたら、先生がいそいそとプリントを読みだした。
「でもね、結局は自分が着てみてどうかってことなんです。だから、当ててみるだけはダメ。試着は必ずしてください」
エーと声が上がった。おもに女子。
T先生大好き人間の私も、さすがにそれはちょっと……と思った。
着たら買わなきゃいけないみたいなの、ちょっと怖いし。
かといって、買うつもりないのに着るのは、なんかずるいし。
本当なら、そういうことがないよう買うかどうか決めるための試着なんだろうけど、そんなフラットな気持ちでお店に入れるようなら苦労しない。
陽キャ集団の女子が無理無理言っていることに安心した。なら私も無理だ。
そんな私たちの反応など百もお見通しなT先生は、「あのね、あのね」と言いながら言葉を継いだ。
「店員さんはね、着たら買ってくれるなんて基本思っていません。着てくれるだけでいいんです。もし声をかけられたら『試着だけです』『着てみるだけです』って言えばいいんです。大抵の店員さんは、それで分かってくれます」
その時は納得できなかったけれど、そうでもないと買い物なんてできない。大人になればいやでも分かる。
この授業から何年もあと、私は思わぬところで同じ言葉と出会った。
漫画、それもまさかのコメディ漫画に出てくるモブアパレル店員の台詞。
漫画の方は社会人になってから出会ったので、もしこの漫画が先だったら「もっと早く知りたかった……!」と思っていた。間違いなく。
今の私はもっぱらリサイクルショップのお世話になっているので、店員の目を気にしてどうのこうのという場面には滅多に遭遇しない。
とはいえ、リサイクルショップでも基本は変わらない。
ボタンとチャックを確認し、試着は必ずする。どうせ似合わないけど可愛いな、かっこいいなと感じる服もついでにカゴに入れて、店員さんに試着させてほしいと声をかける。
着たらまずは鏡を見て、全体のシルエットを確認する。店頭に並んでいる時には同じように見える商品でも、袖を通すとびっくりするくらいフィットしたりかっこ悪かったりする。
シルエット審査を通ったら、お次は手足を軽く動かしてみる。トップスなら袖ぐり襟ぐり、ボトムスなら股上あたりを重点的に確認する。
ここまできてようやく、あるものは「思ったよりいいな」と思い、あるものは「思ったよりアカンな」と思い、あるものは「……だろうね」と思いながら試着室を後にする。
なお、値段や洗濯表示は事前にチェックしているが、あまりにもシンデレラフィットの場合は他の条件が悪くても買うことがある。逆も当然ある。
先生が教えたかったことは、被服を超えた消費行動そのものだったんだと今なら分かる。
T先生は授業の最後に、「みなさん、試着を楽しんでください」と言った。
試着であればいろんな服を試せる。あれが似合うこれが似合わない、いろいろ試すだけタダ。
特に若いうちはそれを楽しめばいいんだと。
今でも買い物は苦手だし、自分の容姿は好きじゃない。
けど、お気に入りの服を鏡で見てみるのは、まあ、悪くない。
私は決しておしゃれさんではないが、時たま「槇さんって合わせるの上手だよね」と褒めてもらう機会がある。
もしそれが本当なら、それは私が試着を楽しんできたからだ。
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