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【恩師のことば】手作りってめんどくさいでしょう

今まで出会ってきた先生が教えてくれた言葉の中でも、私の心でいつまでも色褪せないものをピックアップ。

初回は、このシリーズを書こうと思ったきっかけとなったT先生のことを書こうと思います。(そう、目指せシリーズ化!なのです!)


T先生は、高校の家庭科の先生だった。
たぶん50代。名前を覚えてもらうため、最初の1か月はフルネームをでかでかと印字したお手製の名札をいつも胸につけていた。

進学校だったせいか、他のクラスメートはT先生のことも家庭科自体も軒並み馬鹿にしていた。

私も、家庭科はどちらかというと苦手だった。料理も裁縫も苦手な「女らしくない」自分をつまびらかにされるのが、いつも恥ずかしかった。

でも、T先生の温かさや一生懸命さは授業の1回目から十分伝わってきた。

「あのね、人生って海苔巻きだと思うんです」

人のライフコースを海苔巻きに、自分や出会う人たちを具材に例えて、その”海苔巻き”を豊かにするのが家庭科だと。

授業の後、「あの先生、ちょっとなんか変だよね」と笑っているみんなに、私は同意できなかった。

青春イベント以外はもっぱら大学受験の踏み台扱いだったこの高校に、これだけの熱意をもって来てくれたことがたまらなく嬉しかった。

***

それから少しあと――記憶の中では初夏のこと――、調理実習でピザと肉まんを作ることになった。

私の班は肉まんを作った。ピザを作った覚えがないだけだが、たぶん肉まんだけだったと思う。

椎茸の水戻しは時間をかけた方がいいと知って、私は椎茸の水戻し係に手を挙げた。

「長い時間をかけて戻すとね、椎茸がふーっくり柔らかくなって良い香りがするの」

時間がないときはお湯や砂糖水を使うという裏技も聞いたが、几帳面な私はどうしても冷水で戻したかった。先生のいう「ふっくり」とやらを、私はぜひとも体験したかったのだ。

当日の調理実習は、90分授業を2コマ使ったような気がする。

生地を捏ねて発酵させた。待っている間に肉だねを作るため、いろんな材料を包丁でみじん切りにし、ひき肉と混ぜ合わせた。

みんな作ったことのない料理にぎゃあぎゃあ言いながら、何とか蒸し器に放り込んだ。あまりにも必死すぎて、実はこのあたりは覚えていない。

でも、食べたときの感動はよく覚えている。生地はふかふかで、ほんのりした甘さがちょうど良かった。ちょっと荒みじんの筍は歯ごたえ抜群で、ひき肉もジューシー。何より「ふっくり」した柔らかい椎茸を噛み締めるたび、きのこらしい深い香りがふわんと鼻から抜けた。

こんなに美味しい肉まん、食べたことない!

と、私が目を丸くしていたところで、T先生が家庭科室の教卓から言った。

「美味しいでしょう」

うんうん。

「でも、めんどくさかったでしょう。手作りって、そういうことなんです」

……うん?

「私は、手作りが全部いいとは思っていません」

衝撃だった。

あんまりにも衝撃だったから、その先の言葉は正直、大体こんなことを言っていた程度の内容でしかない。

「皆さんはこれから大学に入って社会に出ていくのに、全部手作りなんて無理だと思います。
ただ覚えておいてほしいのは、皆さんが何かを買うっていうのは、誰かが作ってくれたものにお金を出すっていうことです」

家庭科の先生がそんなこと言うのか!という驚きと、「市販より手作りの方がいいに決まっている」という自分の中の偏見。

許されたような、それでいて諭されたような気がした。

私たちは便利を金で買っている。
それは現実で、その現実をどこで手打ちにするか決めていくのが大人になること、なんだろうか。

肉まんの残り半分を食べながら、そんなことを考えた。

***

あれから10年以上経ってから1度も、肉まんを手作りしたことはない。

でも、中村屋の1個増量パックが何割引きかされているのを見ると、思わず買い物カゴに入れる。肉まんもあんまんもピザまんも全部好き。

それと、椎茸を戻すのは必ず冷水と決めている。前日から冷蔵庫に入れてゆっくりと。あれからずっと、これだけは譲れない。

これが、大人になった私の現実の「手打ち」ラインだ。

最近、通販サイト各社が配送料を見直している。世の中厳しーわ、なんてため息つきながら、私はT先生の柔らかな、それでいてきっぱりとした言葉を思い出す。

私は、お金を出して生きている。

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