見出し画像

夢幻鉄道 君と見る景色 9

連載小説です。マガジンで初回から読めます。

 エル君の見たい生き物を今すぐに見せたくなった。じゃないと、もう二度とエル君に会えない気がした。嫌だ、お願いします。
 目をつぶってそう祈った。

「わー!すごーい!」
 エル君が叫んだ。 
 あわてて目を開けると、壁の一角に海の写真が現れていた。どうやって?と驚いた。さっきまで何もなかったはずの壁に、写真が沢山ある。魔法?夢?けど、きっとここは少し変わった世界なのだろう。もしかしたら夢かもしれない。それは僕にとってはどっちでもいい。エル君がまた会おうと約束出来るなら。その写真の中には、エル君にこれまで見せてもらった海の生き物が沢山いる。大きなマンタもいるし、かわいいウミガメもいる。
「病気退治して、一緒に見に行こうよ」
「うん、行きたい、行きたいよ」
「行こう、約束だよ」
「うん、約束したい、ねえ、僕がんばるよ」
 手と手をとり合い、そう僕らは約束した。これできっと大丈夫。手術は成功する。そして必ず一緒に海に行くのだ。ウミガメに会うし、マンタにも会う。かわいい魚にも会う。

「なんだか僕、安心した」
「良かった。僕も安心したよ」
 ほっとしたら、アスカの事を思い出した。アスカはどうしているのだろう。エル君が入院したままなら、アスカもまだいるはず。この前は体調が悪かったみたいで会えていないし、会えるならこのままこの世界の中でアスカにも会いたい。
「アスカには会った?」
「会ってないよ。海に君と行きたいと願っていたら電車に乗ってて、すぐに家に行ったから。この世界ってなんだか不思議だね。どうなっているんだろう。そういえば僕、砂浜を走ったけど、全力で走ったのっていつ以来かな」
 アスカに会いたい。
 この世界のルールはまだよくわからないけど、看護師さんが言ってたように、この中に入れる人と入れない人がいるみたいだ。エル君は体調が悪い中、夢を願っていたらこうして夢が実現したように、アスカも体調が悪いみたいだからこの中で会える条件には当てはまっているはず。僕の予測が合っていたらね。そして、その正解か不正解かの答えは、この廊下の先にある。
 アスカに会いたい。
 アスカはきっと不安なはずだ。それに、体調が悪くて入院していても部屋からは出れたのに、それが無理って、もしかしたらアスカは、僕が思っている以上にかなりしんどいのかもしれない。
 そうだ、きっとそうだ。
 今になって知る自分を殴りたい。
 ただでさえ不安な中、僕はアスカをたった一人で耐えさせてしまっていた。僕はなんて男だ。僕はバカだ。大バカ者だ。どうして僕は、会えないと聞いてすぐに会いに行かなかったのか。部屋の前までで中に入れなかったとしても、手紙を書いて渡してもらうとか、いくらでも励ます方法はあったのに。バカ、バカ、バカ。けど、まだ遅くはないはず。今、会いに行く。アスカ、君と一緒に色んな景色を僕は見たいよ。今、会いに行くよ。
「アスカに会いに行こう」
 僕はアスカのいる部屋の方向を見た。
「待って、僕は多分行けないんだ。だか、一人で行って。僕はもう大丈夫だから」
「わかった。ほんとに、大丈夫?また会えるよね、僕らって」
「うん、会えるよ。僕はまだまだ頑張る」
 エル君の目には嘘はなかった。
「よし、それじゃあ行くね」
「うん、だから急いで、ここにいれる時間ももう残り僅かだと思うんだ」
「え?それはまずい」
「絶対アスカに会って、僕みたいに元の世界へ連れ戻してね」
「もちろん」
 そう約束を交わし、スタートを切った。
 今、会いに行くよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?