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夢幻鉄道 君と見る景色 8

 連載小説です。マガジンから初回から読めます

 僕らはめいいっぱい遊んだけど、やっぱり母さんに出掛けているのを伝えていないのはまずい事に気づき、それを伝えると「そうだね、そろそろ帰ろうか」となった。

 少し歩くと電車が視界に入った。僕らは車内に飛び乗り、空いている席に座った。ほかの席は人で埋まっているけど、またしても静か。みんな、友達同士ではないのかな?どうしてお喋りしないんだろう。喋りたくないのかな。
 こんなに素敵な海があるのに、ワクワクしないのかな。そうやって隣の席などを気にしていると、そっと肩をたたかれた。エル君だ。
「お家に帰る前にさ、ついて来てくれる?」
「いいよ、エル君のお家に行くの初めてだね。僕のお家の近くかな?」
「帰るのは家じゃないんだ。病院に一緒に来て欲しいんだよね」
「病院?え?まだ入院していたの?」
「うん、そうなの」
「入院しているのに抜け出していいの?沢山走ったけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
 エル君は退院していなかった。
 そうだとしたら走って大丈夫なハズはない。一気に心配になると、電車がゆっくりと動きを止めた。もう到着?と窓の景色で確認しようとしたけど、真っ暗でわからない。トンネル?地下?それとも夜になってしまったのかな。
「さあ、降りようか」
 どうやらここが目的地らしい。
 降りた先は駅ではなく、病院の廊下だった。病院?駅じゃなくて?どうなっているかわからず頭の中が混乱した。しかもここはエル君の入院している階だ。見覚えのあるアニメのキャラクターが壁に飾られているからすぐにピンときた。

「よくわからないけどすごいね」
「うん。僕も実はあまりよくわかっていないんだ。君に会いたいと願っていたら、いつの間にか電車に乗っていて、会いにいけたんだ。不思議だよね。けど、そのよくわからない不思議のおかげで、今日は楽しかった。一緒に海に行けて嬉しいよ。ありがとう。願いが叶った。もう大丈夫」
「楽しかったね。けど、もう大丈夫って?」
「もうすぐ手術なんだよね。けど、正直に言ってうまくいくかわからないみたい。お母さんやせんせいは僕にはっきりとは言わないけど、わかるんだよね。こういうの、わかるよね」
 エル君は無理やり少し笑った。
「そ、そうだよね。色々わかるよね。わからないふりを僕もしているけど」
 いたい程その気持ちがわかる。笑うけど心は笑ってなんかいない。だから今日海で見せたあの笑顔こそが本当のエル君だ。エル君には、心から笑ってほしい。こんなにずっと頑張っているのだから。
「うん、だから、こうやって最後に海に行けて満足しているんだ。ありがとう」
「待って、また行こうよ?最後って?」
「その時は僕を心の中で呼んでね。来れたら来るから。僕の事、忘れないでね」
「絶対、一緒に行こう、最後じゃない」
「どうだろう、また、行けるかな」
「行けるよ。行こう。どんな生き物に今度は会いに行く?」
「そうだね、マンタとか、かわいい魚とか、またウミガメにも会いたいな」
「会おう、会えるよ」
 僕は「会おう」と言うけど、「頑張ろう」とは言わない。エル君がこれまでどれだけ頑張ってきているか知っているから。彼もたくさん、たくさん、頑張っている。「頑張ろう」以外の言葉をかけたくてほかの言葉を頭の中で必死に探すけど、ぴったりな言葉が出てこない。けど、何か言いたい、このままはダメだ。何も僕がしなければ、もうエル君と会えない気がする。それは絶対にダメだ。
 絶対に、そんなの嫌だ。

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