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夢幻鉄道 君と見る景色 3

 連載小説になります。 
 マガジンから前回分が読めます。

 月一回の通院が楽しみになった。

 僕は検診が終わるとアスカが待っている所に直行する。アスカは先に席に着いていた。
「お待たせ、待った?」
「ううん、今来たとこ。診察終わり?」
「うん、終わり。いつも通り」
「注射、痛かった?」
「そりゃあ、ね。痛いよね」
 アスカの前では本音が出せる。
「頑張ったね、えらい!」
「ありがとう。アスカは今日もう注射した?」
「終わった!泣かなかったよ」
「すごーい、えらい!ほんと、頑張ったね」
「えへ、ありがとう」
「そうだ、本持って来たよ」
「マジ、嬉しい!見たい!」
 お気に入りの本を机の上に置く。アスカにこの本の物語を話したら、私も読みたいと言われていた。自分の好きなものに興味を持たれるのは嬉しい。アスカも僕と同じく本が大好きらしい。 
 ページを丁寧にめくると、色鮮やかなえんとつ町が現れた。アスカが思わず「わぉ」と声をもらした。興奮しているのがこっちに伝わってくる。この本の作者の作品を見るのは初めてみたいだから無理もない。僕も初めて見た時はとくに驚いた。多分、アスカと同じような反応だったかも。
「キレイ、絵が光ってる」
「キレイだよね。光ってるのもやばいよね」
「読んでいってもいい?」
「もちろん、あ、かしてあげるよ」
「え、いいの?」
「うん、ゆっくり読んでほしいしね」
「やったー!さいこー!嬉しいー!ハル、ありがとう!キレイに読むね!」
 予想以上に喜んでこっちも嬉しくなる。
「ここの友達にも見せていい?」
「もっちろん!」
「嬉しい!きっと喜ぶよ!」
「よかった。その子は、何が好きなのかな?今度、好きなのあったらそれも持って来るけど」
「うーんとね、あの子は海が好きなんだ」
「海?か、いいね、海」
「行った事ある?」
「あるよ、入った事も。アスカはある?」
「ないない。行ってみたいなー。写真とか映像では見ているけど、リアルなのはないんだ。元気になったら行きたいの。その子ともよく話しているんだ。元気になったら一緒に行こうねって」
「うん、行こう!僕も一緒に行きたい」
「それいいね!絶対いい!言っておく!約束だからね、ハル」
「うん、約束しよう」 
「あーいろんな所に行きたいな。あ、そうだハル、おばけ電車って知ってる?」
「え?知らない。怖い話はやめて。苦手なんだ」
「怖くなんかないよ。看護師さんから聞いたんだ。ここに入院している子で、乗った事ある人がいるみたいなの」
「本当?乗ったの?どうなったの?」
「乗って、色んな所に行ったんだって。私もそれ乗りたいんだよね。そしたら、森にだって、海にだって、ぴょーんって行けるんだよ」
「すごいね。けど、危なくないの?」
「どうなんだろ?問題ないんじゃない?私はあっまら乗るよ。もうだって全然おでかけしてないんだよ。お気に入りのワンピースも着たいし」
 そうだよね、色んな所に行きたいよね。

「海ってどんな感じだった?冷たい?」
「夏に行ったから、あったかかったよ」
「そうなんだー。何か魚は見た?」
「見たよ」
「ニモ?」
「あー、ニモはいなかったよ。小さくて青い魚は見た。名前は知らないけど、かわいかったから、見に行こう!元気になって!」
「そう!よし、元気になる目標出来た!来年の夏までには私、元気になる!」
「おう!元気になろう!僕もなる!」

 僕らは絶対に元気になる。そして一緒に海に行く、これも絶対。いっぱい頑張ってきたから、きっと来年は海に行ける。

「ここに、海の写真とか飾ってくれたらいいのになー、ねえ、そう思わない?」
 アスカが廊下の壁を指差して言った。その手の先には何も飾られていない。それ、いいね。殺風景な今よりずっといい。海に行けない身として、そうだったらいいのになーと本気で思った。
「見たい!どうして何も飾ってないのかな」
「謎だよね。見たいよね、ここで海を。行けるならもう行ってる。行けないからこそ、ここに写真とかあって欲しいし、見たい」

 ほんと、どうして殺風景なのだろう。  

 殺風景じゃない方が嬉しいのにな。どうしてかみんな理由を知っているのかな。僕らはそうじゃない方がいいと思っているの、大人たちはわかっていないかも。大人には思っていても言わないんだけどね。あ、もしかして伝わっていないのかも。

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