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夢幻鉄道 君と見る景色 10

 連載小説です。マガジンで初回から読めます。

 走りに走った。病院の廊下を走るなんて普段なら絶対怒られるけど、今はそんなの関係ない。誰も僕を止められない。角を曲がるともうアスカの部屋になる。もうすぐだ。
 部屋の前にたどり着くと、ドアの横に「面会不可」という札が目に入った。
 そんなの、関係ない。
 勢いよく僕はドアを開けた。
 誰もいない。
 けど、少しも驚かない。なんとなくここにはいないと予感していた。そしてアスカが病院にいない事で、次の予感も確信へと変わった。

 振り返ると、電車が僕を待っていた。すぐさま飛び乗る。中には誰もいない。
「速く、お願い、アスカの元に連れていって」
 電車が勢いよく発車した。倒れそうになるのをぐっとこらえ、そのまま椅子へと逃げる。
 窓の景色が流れていく。
 海に向かった時の比じゃない位スピードがどんどん上がっていくのがわかる。 
 速く、速く、とにかく速く。間に合わなかった、なんて無理だ。後悔はしたくない。

 外の景色が予測していた色に染まった。もうすぐだ、と思ったら電車が停止した。
「ありがとう!」
 ここまで頑張ってくれたこの電車にはすごく感謝している。ドアから飛び降りると、やはりそこは森の中であった。いつかアスカと行こうと話していた森だ。あ、森は森でも、クマのいる森だ。野生のクマに会ったらやばい。クマに出会う前にアスカを見つけないといけない。
 木々が生い茂り、右にも左にも前にも進めそうな雰囲気がある。さあ、どっちに向かおう?どこにいるかは全くわからない。アスカとは「森で遊ぼう」としか話していないからヒントもない。しかし、こうやって迷っている間にも貴重な時間が過ぎていく。ええい、どっちかは重要じゃないのかも。どっちを選んだとしても正解にしちゃえ。
「アスカに会いたい」と強く願いながら僕は前へ進んだ。とにかく走る。木の枝が邪魔をする。伸びた草も行く手を阻もうとしているが、どれも誰も僕を止められない。僕は止まらない。これは僕の道。散々これまで我慢してきたから、この世界の中位、僕は我慢しない。我慢したり、誰かがしてくれる事を期待して待つのはもういい、もうやめた。我慢してもアスカにはきっと会えないし、誰かに期待してもどうせ現れないのは知っているから、待つよりも僕がその誰かになる。明るい未来を作るのだ。

 ふいに目の前が光った。足を止めると、原っぱが広がっていた。その中に、いた。アスカだ。アスカは岩に座りながら空を見上げている。
「アスカー!!」
 僕の声にアスカが反応した。僕を見つけると、にっこりと笑った。アスカだ。会えた。
 原っぱまで走った。
「そんなにあわてて、どうしたの?」
 会えた喜びで全身の力が抜け、僕はその場にへたりこんだ。アスカが心配そうに覗きこむ。アスカはワンピースを着ていた。あ、これが言っていたお気に入りの服か。青のかわいいワンピースは、アスカにとても似合っている。
「アスカこそ、何してたの?」
「私?森をぶらぶら歩いてたよ。この後は海に行こうかなーって思ってたの。そしたら、慌てたハルが来たってかんじ」
「そ、そうなんだ。会えてよかった」
「うん、そうだ、一緒に海に行こう?そしたらさ、したかった事全部叶うし」
 アスカはまだ気づいていないのか。
「行くのはいいけど、退院した後にも行こう」
「退院?どうだろう、私は家に帰られるのかなー。私、ここ最近ずっと寝ているんだよね。みんなにも会えていないし。会いたいなー、ハルと遊びに行くって約束したの無理かな、行きたいなって考えてたら、気づいたらここを歩いてたの。そうだ、不思議な電車に乗ったんだよ。その電車に乗って良かった。森に来れたし、会いたかったハルにも会えたしね。あとは海に行けたらもう十分だよ」
「ダメだ、ダメ、十分じゃない。アスカは戻って、退院して一緒に海に行くんだ」
「もう、私疲れたよ」
 アスカの目から涙がこぼれ落ちた。
 アスカは泣いていた。
 

 
 

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