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香水の歴史② - 現代香水、四つのエポック

はじめに

香水の歴史①では、香水の起源から現代香水のきっかけとなる、フジェール・ロワイヤルができたところまでお話しました。
ここから科学の進歩と共に合成香料が開発され、香水産業は発展していくと締めましたが、今回はその続きの話です。
時代を大きく4つに分け、個人的な選定により、それぞれの時代で歴史的な香水を見ながら振り返っていきたいと思います。

第一のエポック: 「ラグジュアリーの始まり」 (1900年代 - 1920年代)

この時代は工業革命後の経済成長が豊かな文化的背景を提供しました。経済の繁栄により、美術やデザインに対する関心が高まり、アール・ヌーヴォーとアール・デコがファッションと香水のボトルデザインに影響を与えました。女性の解放と共に、個性を表現する手段としての香水が注目され始めたのです。
この時代の経済の発展は、より多くの人々が贅沢品を手にする余裕を生み出しました。

歴史的香水① ゲラン - ジッキー

ファッションはより大胆かつ実験的になり、これを反映するように香水も革新されました。ゲランは「ジッキー」を発表し、合成香料の使用を開拓しました。「フジェール・ロワイヤル」は合成香料のみでしたが、「ジッキー」は合成香料と天然素材を混ぜた世界初の香水です。
当時発見されたばかりだった2つの芳香成分、フジェールのクマリンとバニラの元の香りになるバニリンを組み合わせたものです。これにより合成香料の利用の幅が広がります。

またジッキーは男性と女性の両方を対象としたユニセックスな香りとしても先駆けでした。元々は男性用にデザインされた香りでありながら、女性にも広く受け入れられました。この性別を超えた普遍性は、香水が個人の性格や好みによって選ばれるべきだという新しい考え方を反映していました。

歴史的香水② シャネル - No.5

1921年にガブリエル・シャネルと調香師アーネスト・ボーが共同で創り出したこの香水は、アルデヒドという化合物を大胆にも香料として前面に押し出した最初の一つです。アルデハイドノートの先駆けです。当時の香水の伝統である自然由来の成分の伝統を覆し、合成成分を用いて、これまでにない明るく清潔感のあるトップノートを創り出しました。この新しい香りは、20世紀の近代性と進歩を象徴するものとなり、香水の概念を根底から変えました。

シャネルNo.5はマーケティングの面でも革新的でした。その名前自体が斬新であり、従来の香水が華やかな名前を使用していたのに対して、シャネルは単に「No.5」という番号を採用することで、商品自体の神秘性と普遍性を表現しました。当時流行っていたアール・デコ様式のシンプルなボトルデザインと相まって画期的なシンプルな香水はモダンな女性の自立とスタイルを象徴するアイコンにまで昇華しました。

第二のエポック: 「香水の黄金時代」 (1930年代 - 1950年代)

大恐慌を乗り越え、第二次世界大戦後には特にアメリカを中心に経済復興が始まります。戦争がもたらした技術革新と女性の社会進出が、消費者のライフスタイルや価値観に大きな変化をもたらしました。この時代の経済復興は、エリート層の特権であった香水を中流階級の手の届くものにしました。人々は日常生活においても「ちょっとした贅沢」を享受しようとし、香水はその願望を象徴するアイテムとなりました。

さらに、映画産業の隆盛もあり、ハリウッドスター達の華やかなイメージが大衆に広く知られるようになり、彼らが身につける香水が話題となりました。

これらを後押しに、ファッション業界と香水業界の連携が深まります。クリスチャン・ディオールやバレンシアガといった一流のファッションデザイナーが自らの名を冠した香水を発表し、ファッションと香水のブランドイメージを一体化させることで、両者の間に新たなシナジーを生み出しました。

歴史的香水③ ディオール - ミス・ディオール

ディオールの「ミス・ディオール」は、高級感あふれる新しい女性像を香水に落とし込みました。

ミス・ディオールの香水は、1947年に発表された彼のアイコニックなファッションコレクション「New Look」と同時に発表されました。これは、戦後の復興の中で女性のエレガンスと洗練された美しさを再確認し、高級感溢れる新しい女性像を打ち出した時代の産物です。

歴史的なものですが、実は今でも手にとって読むことができます。少し値段はするのですが、スケッチや衣装の写真、作業風景やコンセプトなどが詳しく載っていて今読んでもかっこいいと思えるようなものです。

ミス・ディオールは、ディオールが姉のキャサリン・ディオールを称えて名付けました。キャサリンはフランス抵抗運動の一員として活動しており、彼女のように強く、独立心が強く、かつフェミニンな女性を象徴していました。従来の重厚感のある香水とは一線を画す、新鮮で明るい香りを生み出しました。実用的でありすぎた戦時中のファッションや香水からの脱却を象徴した香水になります。

歴史的香水④ エスティ・ローダー - ユース・デュー

当時の香水市場はヨーロッパのブランドが主流で、高級で古典的なイメージが強かった中、「ユース・デュー」はシンプルで洗練されたアメリカのライフスタイルを反映していました。

エスティ・ローダーが1953年に発表した「ユース・デュウ」は、アメリカンビューティーの理念を体現する香水として市場に新風を巻き起こしました。アメリカでは戦後の経済的繁栄が続き、女性たちは実用性とモダニティを兼ね備えた製品を求めていました。そんな中、「ユース・デュー」は、その名の通り、「若々しい露」というコンセプトで、女性の自然な美しさと若さを長持ちさせることに重点を置いた香りでした。

この香水はまた、エスティ・ローダーの直感によるマーケティング戦略により成功を収めました。無料サンプルの配布という当時としては革新的な手法を用い、消費者に直接香水を試してもらい、実際に購入に結びつけるという方法を採りました。これは現在におけるマーケティングの基礎となり、その手法は業界全体に広まることになります。

第三のエポック: 「ポップカルチャーの香り」(1960年代 - 1980年代)

1960年代から1980年代は、経済の安定とともに消費者文化が隆盛を極めた時代です。ファッションはカジュアル化し、若者文化が主流になりました。ファッションのカジュアル化は、社会全体の非公式化と自由化の傾向を反映しています。

ポップカルチャーとは、大衆文化や流行文化を指す用語で、音楽、映画、テレビ、ファッションなど幅広い領域において、若者を中心に共有される文化スタイルや傾向を意味します。この時代、ビートルズやマリリン・モンローなどのアイコンが生み出されました。

このポップカルチャーを背景に、香水でも伝統的な香りの枠を超えた大胆な組み合わせや、挑発的なネーミングで注目を集めました。これらの香水は、ただ肌に付けるだけでなく、自己のスタイルや態度を世間に示すアイテムとして消費者に受け入れられました。

歴史的香水⑤ イヴ・サンローラン - オピウム

オピウムの革新性は、その挑発的な名前にありました。オピウムとは、アヘンのことであり、これを名前に使用すること自体が社会的なタブーに挑戦する行為でした。その当時、薬物は悪名高い存在であり、それを商品名に用いることで、イヴ・サンローランは社会の禁忌に挑み、大きな議論を巻き起こしました。これは香水が単なる美しい香りを提供するだけでなく、社会的なメッセージやイメージを持つことができるという新たな可能性を示したのです。

また香りは東洋的な要素が強く、エキゾチックで神秘的なイメージを演出しており、従来の西洋的なフレグランスとは一線を画しました。この東洋の香りが西洋の消費者に新鮮に映り、異文化への憧れや好奇心を刺激しました。単なる香水を超え、その時代の文化的アイコンとなったのです。

歴史的香水⑥ ジョルジオ・ベバリーヒルズ - ジョルジオ

1980年代には、控えめでフレッシュな香りが流行していた中、ジョルジオは強烈なフローラルノートを前面に押し出したことで注目を集めました。その時代の香水としては珍しく強い白花系の香りを採用し、ガーデニア、ジャスミン、オレンジフラワーなどのノートが組み合わさって、非常に強く、記憶に残る香りを創り出しました。

そして香水を専門の高級店だけでなく、よりアクセスしやすいデパートなどで広く販売しました。これにより、高級感と一般市場への普及という二つの要素を組み合わせることに成功しました。また、その黄色と白のストライプパッケージは非常に目を引き、強いブランドイメージを打ち出すことに貢献しました。

当時のアメリカ西海岸のライフスタイルと強く関連付けられました。華やかで豪華な生活を送るハリウッドとビバリーヒルズのイメージを香りで象徴し、1980年代の消費主義と富の象徴ともなったのです。このように文化的アイコンとしての位置を確立したことも、その革新性と人気の一因でした。

歴史的香水⑦ ディオール - ソヴァージュ

爽やかなシトラス系のトップノートが特徴で、レモンやベルガモットなどの成分が男性の香水に新たな軽快さをもたらしました。従来のメンズ香水が重厚でスパイシー、ウッディな香りを好む傾向にあったのに対し、ソヴァージュは清潔感とシャープさを前面に押し出しました。

男性用化粧品の広告において、フランスの俳優アラン・ドロンを起用しました。メンズフレグランスの広告において、セレブリティを使うマーケティング手法の先駆けとなりました。

そしてソヴァージュにより、メンズフレグランスの多様化と個性化のトレンドを確立しました。それまでの一様な「男性らしさ」の概念から脱却し、個々の好みやライフスタイルを反映した香水が生まれるきっかけを作りました。これは後のフレグランスの開発に大きな影響を与え、個性的で多様な選択肢を市場に提供することにつながりました。

第四のエポック: 「ニッチ市場とパーソナライズの時代」(1990年代 - 現在)

1990年代から現在にかけて、消費者は大量生産された一般的な香水ではなく、より専門的で独特な香りを求めるようになりました。ニッチブランドは、特定の香りやコンセプトに特化し、限られた市場に向けて高品質な製品を提供することで注目を集めました。専門化された製法や、ユニークな香料の組み合わせ、ストーリーテリングに重点を置いたマーケティングが始まります。

またカスタムメイドやパーソナライズされた香水が人気を博しました。顧客自身が香りの成分を選び、香水を調合できるサービスが登場しました。これにより、一人ひとりの個性に合わせた香水を提供することが可能となりました。

一方でインターネットの普及と技術の進化により、情報が溢れるようになります。これにより消費者とブランドの関係性も変えました。オンラインショッピングの普及により、消費者は世界中の香水を簡単に購入できるようになり、またソーシャルメディアを通じて直接ブランドと交流することや、消費者に独特の体験を提供することで差別化を図りました。ポップアップストア、インタラクティブな展示、香りのワークショップなどが行われ、製品の背後にあるストーリーやコンセプトを深く理解してもらう取り組みが行われ始めました。

歴史的香水⑧ カルバンクライン - シーケーワン

最も顕著なユニセックス香水としてのポジショニングが有名です。これまでの香水市場が明確に男性向け、女性向けと分けていた中で、「シーケーワン」は性別の境界をあいまいにし、一本の香水がどちらの性にも共通して受け入れられ、90年代の自由で無制限の精神を象徴する香りとして捉えられました。

当時としては前衛的なフォトグラフィーや多様なキャストを使用し、クラブカルチャーといったサブカルチャーと共に、ユニセックスのコンセプトを強調し、若い消費者たちに共感を呼び起こすものでした。

これらの要素が合わさり、「CK One」は90年代のカルチャーの象徴となり、香水が単なる個人の魅力を高めるものから、時代のアイデンティティやカルチャーの一部を表現するものへと進化するきっかけを作り出しました。香水をより手の届きやすいアイテムへと変貌させる役割も果たしました。

歴史的香水⑨ クリード - アバントゥス

メンズ香水における従来のヘビーでスパイシーな香りの規範を打ち破りました。
クリードは長い歴史を持つブランドでありながら、アバントゥスを通じて現代的なブランドイメージを確立しました。伝統的な手法に現代的な要素を融合させることで、古典的でありながらモダンな香水を創造しました。
クリードは限定生産というコンセプトを採用し、希少価値とエクスクルーシビティを強調し、社会的地位の高い男性や、成功と力を象徴する香水としてマーケティングされました。この香水はナポレオンの力強さ、冒険心、成功をイメージして作られたとされ、現代の男性が抱く理想像を反映していると言えます。他のブランドもアバントゥスにインスパイアされた製品を出すほどであり、現代メンズ香水の新たなスタンダードを形成したと言えるでしょう。

歴史的香水⑩ レ・ラボ - サンタル33

ニューヨーク発の香水ブランド、レ・ラボ(Le Labo)が2011年に発表した香水で、現代の香水業界におけるニッチ香水のトレンドセッターとして広く認知されています。

「サンタル33」はアメリカンウエストの伝統的なイメージと、モダンで洗練された感覚を融合させた構成になっており、温かみのあるだけでなく、複雑で心地よい香りが生み出されています。その結果、ユニセックスな香水としての地位を確立し、男女を問わない普遍的な魅力を放つ香水となりました。

またブランドコンセプトの観点では、レ・ラボは香水をその場で調合し、顧客の名前をラベルに印字するというパーソナライズされたサービスを提供することで知られています。この手法は顧客に対する独特の経験を提供し、香水が個人のアイデンティティの一部となることを可能にしました。

文化的影響においては、「サンタル33」は特に都市部のファッションやアートシーンにおいてアイコン的存在となり、ニッチ香水が広く受け入れられ、ポピュラーな文化の一部となるきっかけを作り出しました。

おわりに

ここまで現代香水の歴史について見てきました。香水は目に見えるものではないのですが、時代の思想が詰まっているように感じます。時代背景などを知りながら、どういうコンセプトと共に生まれたのかを見ることで普段使う香水へより魅力を感じるのではないでしょうか。

個人的にはディオールのミスディオールができた時代を作っていくような雰囲気が好きで、香水関係ないですがNew lookの紹介させていただきました。

好きな時代や好きな香水が見つかると楽しくなるかと思います。

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