色々灰色
空が曇った
日に照らされていた看板たちが次々と息をひそめ、次の出番に備えようとしている
私は灰色の商店街のアーケード、その真ん中に立っている
肩から下げたカタルの不思議な重みが全身をつたっていき、やがて指先にまでその振動が到着したところで、私はカタルの弦を指で弾いた
いつ聞いても不快な音色だ。だが、私はこの音色と、この音色にふさわしい風景を求めてここに立っている
去年の、ちょうどプロ野球のペナントレースが終わった頃だっただろうか、この商店街の賑わいが冷めて、シャッターの閉じた骨董品屋が余計に目についた。私は、この商店街のアーケードを通るたびに、この骨董品屋のシャッターを見ていた。
いつもは開く気配のないシャッターだったが、この時の私はなぜかシャッターが開くのを待ちわびていた。
シャッターが開いた。私は、待ってましたと言わんばかりに足を店内に進める。
店内は薄暗く、魚を模した電灯がゆらゆらしているだけで、辺りの様子は全く確認出来なかった。しかしながら、私には戻るという選択が無く、思うままに歩き回っていた。
「お嬢さん、ネズミはお好きかい?」
何とも、彼にそう答えた
彼は小さな穴に入り込んでしまった。もう出てきてはくれないのかな、何故か彼が気がかりだった私はその穴のある壁をコンコンと叩いた。
音が返ってきた
コンコンという音の何百倍よどんでいて、不快な音。それでいて、何千倍深みのある音。
彼は元気みたいだ。もう心配はいらない。
私は、商店街のアーケードに再び参上した。数分ぶりに見た商店街は、明るく見えた。まるで晴れているようだった
そして、私は足元に目をやった。何かが足の上に乗っかている。丸っこくて、薄い灰色で、弦が三本張ってある。私は、これの名前を知らなかったが、私はその何かにカタル、と名付けた。
空は曇っていた
私はカタルの弦を触ってみた。形だけでも、と、自分の思う弾き方をしてみた。音が鳴ったが、私の聞きたい音では無かった
何度も弾いてみたが、聞きたくはない音ばかりが返ってくる
今、このアーケードに立っている私は、まだ聞きたい音に再会出来ていない。だから、今日もシャッターが閉じ切った商店街のアーケードで、カタルの弦をはじく。
その音と出会えた私は、どうなってしまうのだろうか、きっと、素敵な人間だ。
ふと、足元に目をやった。ネズミがいた。そのネズミは、私に何かを尋ねようとしているようだった。
私は、「何か、御用でも?」そう問いかけた。
すると、ネズミは丸まっていき、やがて石になった。
私はそのネズミを頬張った。無味だった。
咀嚼をし終えた私は、カタルの弦を引きちぎった。
「私は素敵な人間にはなれないよ、人間になれないんだからさ」
最後に見上げた空は、晴れていた
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