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一 西の神さまは夜の神さま


「不思議な神社があるんですよ。」

サトシさんがそういうので、カヨはちょっと行ってみたい気持ちになったのです。

「不思議な神社ってどんなところかしら?」

久しぶりのお出かけにさそわれて、きょうみがわいたのでした。

ワクワクしたような、少しドキドキしたような気持ちで、
カヨはサトシさんの車に乗りこみました。
サトシさんの奥さんと、もうひとりのおともだちと四人で出かけました。

「神社には夕方に行くほうがいいんです。なのでまずさいしょに山へ行ってお寺へおまいりしましょう。」

その山は、平安京の北東の方角にあります。カヨのお家の二階のまどからもよく見えます。神社はそのお山をこえたところにあるのです。

山にたどり着くと、上には大きくてりっぱなお寺がありました。
そこには、千二百年も消えずにずっとついている灯(あかり)があります。

「どれがそのあかりなのかしら?」

おまいりする場所からアカアカとともる、そのろうそくの火をながめながら、カヨは手を合わせました。

おまいりしたあとは、お寺のたいせつなお宝がおさめてあるというたてものに入りました。
そこにはたくさんの仏像や大事なものなどがありました。
昔のお坊さんを木で掘ったお像もありました。そのお像はまるで生きているみたいです。じっと上から見られているようで、

「ちょっとこわいなあ。うすきみ悪い気持ちがする。」

とカヨはそうつぶやいて、いそいでそこを出ました。


また車に乗って山をくだり、神社についたのは夕方の四時すぎごろでした。
秋になっていたので、お日さまが山にかくれるのはだいたい夕方の五時ごろです。

「まだ明るいね。」

そう言いながら四人は歩きました。

「この神社には西の神さまと東の神さまがいらっしゃって、入り口も二つあるのですよ。今日は西の神さまをおまいりしましょう。」

サトシさんにつれられて、入り口の鳥居の前まで来ました。

「ここの鳥居はほかの神社とちょっとちがう形をしているでしょう?」

見るとてっぺんがお家の屋根みたいに三角にとがった形をしています。

「本当、めずらしい形ですね。」

カヨは少しはなれたところから鳥居をながめてみると、
てっぺんがお家の屋根みたいに三角にとがった形をしています。

鳥居の向こうをのぞくと、真ん中の道をかこむように青々とした緑の木々がしげっていて、とてもすてきなながめでした。

「この西の神さまは夜の神さまなんですよ。」

サトシさんがそう言いました。
みんなは鳥居の前で少し頭を下げてごあいさつをして、鳥居をくぐりました。

くぐったとたん、道の向こうの山の方からビュウ〜っと風が吹いてきました。
そしてみんなの髪をサワサワとなびかせました。
その風はまわったり止まったりすることもなく、同じ方向からずっとふきつづけてみんなのほおをなでています。

「本当に風なのかしら?まるで大きな生きものがふうーと息を吹きかけているみたい。」

カヨはそう思いました。
たった一歩、鳥居をくぐっただけなのにまったくちがう世界へ来たかのようです。

不思議な気持ちで立っていると、白いきものにうすあお色のはかまのようなものをはいた神社の人が右の方から歩いて来て、わたしたちに向かって「こんにちは!」と言いました。そして左にある大きなたてものの中に消えて行きました。

「ほらね!夕方じゃないみたいでしょ?」

ふつう神社は夕方になると神さまがお休みになるので、おしまいになるそうなんです。

「でも、この神社の人はまるでこれから始まるみたいにあいさつするでしょう?」

とサトシさんは言うのです。

少し歩くと、道の右がわにくねくねした枝があるおもしろい木が見えて来ました。
その木は少し年老いた女の人のような感じがしました。
木なのに女の人っておかしいですね。でもそんな感じなのです。

ふとカヨがその木と目が合ったかと思うと、その木が枝をくねらせてまるでおどるようにカヨに手まねきしながらあいさつをしました。

「カヨさん、いらっしゃ〜い!」

「え?」

カヨはびっくりして目が点になって、その木を通りすぎてもまたふりかえりながら何度も見なおしました。でもやっぱり、その木はカヨに向かって枝をくねらせて手をふっているのです。

他のみんなにはそんなことにはまったく気づかないようです。

「ここにまさるさんというおさるさんがいますよ。あとでみましょうね。」

サトシさんはおさるのいる小屋の前をそう言いながら通りすぎました。

カヨはあいさつしてくれた木のことがまだ気になって、
時々うしろをふりかえりながら、あわててみんなのあとをついて行きました。

西の神さまがおまつりしてあるお社(やしろ)の入り口にたどりつきました。
入り口の古い立派な門をくぐって前へ進み、西の神さまの前でみんなでならびました。2回おじぎをして、2回手をたたいて、ごあいさつをしてまたおじぎをしました。

おまいりがすんだので、入ってきた門をまたくぐって外に出ました。
四人が門を出たら、ちょうどおしまいの時間だったのでしょうか。神社の人が来て、西の神さまのお社の門の入り口を閉めました。

おひさまがしずんで静かな夕ぐれ時になりました。
門を出たところのすぐ右は山のふもとです。
そこには大きな杉の木が立っていました。
さっきカヨにあいさつした木よりは少し若く、でも背が高くてりっぱな力強い木で、この辺りでは一番えらい木のようです。
そのしょうこに、わらで作ったおすもうさんが腰にしめているものと同じようなものを、やはりちょうど腰ぐらいのところにつけていました。
そのえらい木は、上の方のふさふさした枝をわっさわっさとゆらしながら、

「ようこそカヨ、よく来たな!」

今度はそう声をかけるのです。
木から話しかけられるのは2度目なのでもうおどろきません。

「今晩は!大きな杉の木さん。」

とカヨもあいさつをしました。

「木も人と同じように心を持っているんだよね。」

昔から知っている当たり前のことを思い出したように、カヨはその木をながめつづけました。
すると今度は後ろの山の方からつぎつぎと、何かが走っておりて来るのが見えました。
そのすがたは太くて短い木の幹に手足が生えている、そんなゆるキャラのような、木のようせいたちでした。

「わー!たくさんいるのね!今晩は!」

「ヤッホー!カヨさん今晩は!」

木のようせいたちは口々に言いました。

「ようせいさんのお祭りみたい。」

どうもこの門の前のひろばは、夕方日がくれるころからに山から木のようせいさんたちがおりて来てワイワイガヤガヤ踊ったりお話ししたりするところのようなのでした。

カヨは子どもの頃から草花や森の木が大好きで、小学校でずっと校庭のけやきの木や花だんの草花とお話ししていたことを思い出しました。
大人になってとても忙しい毎日で、すっかりそのことを忘れていたのです。

カヨはしばらく木のようせいさんたちとお話ししていましたが、やっぱりみんなはそれには気づいていないようでした。

西の神さまの前をはなれて、そのとなりにあるお社の方へ向かいました。
お社のまわりには山からわきでている水がずっとたえまなく流れていました。

さらさら流れるその水とまわりにしきつめられた白い砂を見ながら、

「ここでお祈りの踊りをおどってみてもいいな。」と思いました。

すると同時に、

「今カヨさんが白いきもので踊ってるのが見えましたよ。ここに一番ごえんがあるのはカヨさんかもしれませんね。」

とサトシさんが言いました。

カヨはハートがあたたかいような、なつかしいようなそんな気持ちがしました。

その白い砂のお社を出て、小屋のおさるさんを少しながめ、またさいしょの鳥居の前までもどって来ました。

もうすこしここにいたいような、帰るのがもったいないようなそんな気持ちで、
鳥居の前にたたずんで後ろの山の方をふりかえりました。
あの大きな杉の木と山のたくさんの木と入り口であいさつをした木のようせいたちが「また来てね〜!」と手をふっているように見えました。

ほんのしばらく、みんなだまったままでしたが、

「さあ、出ましょうか。」

サトシさんのひとことで、みんなでいっしょに鳥居をくぐって外に出ました。

そのとたん、風はまったく無くなり、ふつうの夕ぐれどきにもどってしまいました。

何もなかったような、でも何かと出会ったような。
そんな不思議な気持ちでカヨは神社をあとにしたのでした。




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