二 てんぐさまの道あんない
ある秋のことです。
カヨがどこかへ行きたくなるのは、たいてい青い空が広がるお天気の日なのです。
カヨはほとんどまいばん夢を見るので、夜もずっとおきているようで朝はいつもとてもねむいのですが、その日は朝の日の光がまぶしくて、めずらしくパッチリと目がさめました。
「お空が青くていい天気!今日はどこかへ行きたいなあ!」
そうつぶやいたあと、ふと思いました。
「ようせいさんのいる、あの社へ行きたいな!」
おともだちにつれられて、まさるさんのいるあの神社に行ってから1年くらいたったでしょうか。
「もう一度、会いたいなあ。」
カヨは木のようせいさんたちとお話した時のことを思い出しました。
ようせいさんはお日さまがかくれる頃に出て来ますから、会うためには夕方に西の神さまに行かねばなりません。
ですから、まず山にのぼってから行くことにしました。
その山に登るには、ケーブルカーに乗ります。そして、山の真ん中あたりでロープウェイに乗りかえると、山のてっぺんにつくのです。カヨは乗り物に乗るのが好きでしたから、それだけでワクワクするのでした。
ロープウェイを降りて山のてっぺんにつくと、とても大きなみずうみが見えます。
空ははれていて、みずうみは青くお日さまの光でキラキラして、それはそれはとても美しいのです。
「昔の人だったら、ここできっと歌なんかよみたくなっただろうなあ。」
カヨはみずうみをながめながら、百人一首のお姫さまのように歌をよんでみようかと思いましたが、いい歌が出てこなかったのであきらめて、
今度はバスに乗りかえて、もうひとつのケーブルカーの駅を目指しました。
バスをおりて十分ほど坂道を歩いて行くと、みずうみのある方へ降りていくケーブルカーの駅がありました。
この駅では、駅長さんがいつもヤマガラという鳥に手からえさをやっています。
駅長さんの手のひらにやってくるかわいい小鳥をながめていると、
「あなたもやりますか?」
と駅長さんが声をかけてくれ、カヨの手にピーナッツを乗せてくれました。
「ほら、あそこにヤマガラがいるでしょう?」
高い木の枝をピョンピョンと飛びかっていたお腹がオレンジ色の小さな鳥が、カヨの手のひらに飛びおりて来て、ピーナッツを加えてまた飛んで行きました。
ケーブルカーをおりて坂道をくだり、神社へたどりついたのは昼の3時半くらいでした。
夕方まではまだ少し時間がありました。
西の神さまの方へ行こうと鳥居へ向かって歩きはじめましたが、
「あれ?こっちじゃないみたいな気がする。」
カヨは鳥居の前で立ち止まり、ちょっと首をふしぎそうに横にかたむけて、
またふらりと今度は東の神さまの方へ歩きだしました。
東の神さまをおまいりするのは二回目でした。
りっぱな門の奥にはお社が立っています。
そこでおまいりしていると、若い男の人と女の人がやってきて、カヨのあとにつづいておまいりしました。
東の神さまの近くに、もうひとつ山の方を向いてたっているお社がありました。
「あんざん・子育て・水の神かあ。」
カヨはこどもが大好きなので、
「こどもたちが元気に育ちますように。」とお祈りしました。
そのお社のまん前に古いたてものがたっています。
いつもは閉まっているのですが、その日はなぜか開いていました。
カヨはその前を通りすぎて、門をくぐって外に出ようとした時、後ろから声がしました。
「おねえさん!おねえさん!」
カヨはふりかえりました。
すると、その古いたてもののかいだんのところにおじいさんがすわっています。
カヨはキョロキョロとまわりを見まわしました。さっきの男の人と女の人はカヨがふりかえっているあいだに門を出ていきました。他にはだれもいません。
「わたし?」
カヨは自分を指さして聞きました。
「そうそう、おねえさん!」
おじいさんは少しほっそりとしていますが、シャツから見えるうでは日に焼けて黒くて力がありそうで、鼻が高く白っぽいかみの毛を頭の後ろでくくっています。おひげも生えていて、なんだかちょっとこわそうな顔です。
「こっち、こっち。」
と手まねきをされたので、カヨは少しおどろきながらもおじいさんの方へ近づいて行きました。近づくと、
「上がって見ていきなさい。」
おじいさんはそう言って、たてものの中を指さしました。
カヨはわけもわからないまま、おじいさんの言うとおり、かいだんを上がってそのたてものの中へ入りました。
そこでは、たくさんの写真を男の人が3人でかべにかざっているところでした。
それはお祭りのおみこしの写真でした。
ひとつひとつ写真をながめながら、ある写真の前でカヨは立ち止まり、ちょっとおどろいて言いました。
「このおみこしは山をのぼるんですか?」
「そうや!」
せなかの後ろからおじいさんの声が聞こえました。
その写真はおみこしをたくさんの人がかついで山道をのぼっている写真でした。
「すごいですね!」
おみこしはとても重いので山をのぼるなんて大変です。おみこしをかついで山をのぼるなんてカヨははじめてしりました。
カヨが写真を見ながらおじいさんと話しているのに、まわりの男の人たちはまるでカヨがいることに気づいていないようです。写真をかざることに夢中で、カヨの方をふりむきもしませんでした。
ひととおり写真を見終わって、
「いいものを見せていただきました!ありがとうございました!」
おじいさんに聞こえるようにそう言いながら、カヨはかいだんをおり、東の神さまのお社の門を出てまっすぐ歩いて行きました。
「次は西の神さまへ行かないと。」
石段をおり、巫女さんのいる小屋の前を通りすぎました。
通りすぎてすぐ立ちどまり、
「あれ?わたしどこへ行くのだっけ?」
カヨは何かちがうような気がして、
はじめと同じようにまた不思議そうに首を横にかたむけて、また引き返して小屋の巫女さんに神社の地図を見せながらたずねました。
「ここへは行けますか?」
カヨが地図で指さしていたのは、なぜか西の神さまではなく山の上でした。
「行けますよ!二十分くらい!」
少しふっくらした巫女さんは明るい声でそう言いました。
もう一度地図を見ると、さっき行った東の神さまの前の道を左へ行ったところに山の入り口があるようです。
「また石段をのぼらなきゃ。」
そう言いながら見上げると、さっきのおじいさんがカヨの方をじっとながめているのが見えました。
石段を上がって、東の神さまの門の前を左へまがって歩きました。そこにいたおじいさんはもういませんでした。
少し行くと、今度は山へ上がる石段が見えて来ました。
「ここかー。」
時計を見ると、もう夕方の四時になっていました。
石段をのぼるとその先は小石の多い山道がつづいていました。思っていたよりも坂は急でした。
「こんな坂道をおみこしをかついでのぼるなんて、やっぱりすごいなあ。」
カヨは山道を少し早いペースでのぼりました。
ひとつ目のカーブを曲がったところで若い男の人が降りてきてすれちがいました。
「こんにちは。」とカヨはあいさつをしました。「こんにちは。」と男の人も言いました。
思ったよりもずっとのぼりが続いて、少しハアハア言いながら五つ目のカーブを曲がったところから、上の方に何かたてものがあるのがチラッと見えました。そこがゴールのようです。
「もうすぐだ!」
スピードをゆるめないで、カヨは同じ速さでのぼって行きました。
最後のまっすぐな石段をのぼりかけると目の前にたてものが見えて来ました。
古い木で出来たお社のすがたがはっきり見えたとたん、カヨは大きく息を吐いて声をあげました。
「ああ!神さまがいらっしゃるところだ!」
こんな気持ちははじめてでした。
山の上に神さまのお社があるとも思っていなかったし、カヨは神さまがどんな方かもまったく知りません。
でも、思いがけず山をのぼることになったからでしょうか。
びっくりしてむねがドキドキして、まるで本当にさがしていたものをやっと見つけたような、そんな不思議な気持ちになりました。
てっぺんまで上がると、二つのお社がありました。
そのお社のあいだにとても大きな岩がありました。その岩はまるでかがみのようにまっすぐ平らになっていて、みどり色のこけが生えていました。そして長いしめ縄がはってあって、そこから後ろをふりむくと、まん前に大きなみずうみが広がっていました。
「なんて美しいんだろう!」
カヨはいつまでもいつまでもあきずに、夕陽でキラキラかがやく美しく青いみずうみをながめていました。
「あのふしぎなおじいさんはてんぐさまだったのかも。」
そんなことを思いながら、カヨは暗くならないうちに山をおりるのでした。
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