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レイオフ騒動に翻弄される日本の採用市場と、日式ジョブ型雇用

欧米型のジョブ型雇用では大学卒業を当該領域の専門家として位置づけ、人ではなくポジションに対して契約を行うというものです。一方、従来の日本企業におけるメンバーシップ型雇用は新卒一括採用、年功序列、終身雇用の3要素から構成されます。私もジョブ型をテーマにした講演などをWorkdayさんなどでさせて頂いておりますが、いわゆる欧米型のジョブ型雇用は日本には適用されないと考えています。外資ITやメガベンチャーなどでレイオフが起き、更にChatAIの登場により専門職の市場も揺らぎそうな機運ですが、今回は日本における雇用のありかたについて、予測を交えながらお話をしていきます。

歪む日本の採用市場

2015年以前はアベノミクス前ということもあり、転職によって待遇が大きく上がるようなケースは少なかったように思います。階層の深いSIerやSESなどからであれば「自社サービスに関われる」というだけで待遇ダウン提示で入社が決まることも多々ありました。

2015年に景気が上向き、日本国内のデジタル人材中途採用市場では他社で実績を積み、一定のスキルがあると考えられると市況感を鑑みて給与提示されるようになりました。この流れはある意味ジョブ型雇用と言えます。

加えてここ数年、デジタル人材の新卒採用で優秀な人材の海外流出を止めるための一律の初任給が見直されるようになりました。

こうした外部からやってくる新規人材のほうが待遇が高くなる現象について、多くの企業では既存社員の給与見直しは他職種とのバランスやローパフォーマーに関する反発などもあり行われにくく、結果として「転職した方が給与が上がりやすい」と言われる流れを産みました。

日式ジョブ型雇用

このような景気の上下と、外資IT、外資コンサルを中心とした強気の採用に煽られる形で断片的に専門職採用を市況感に部分的に合わせて行っていった結果、自社の(主に年功序列の)給与制度が歪むようになりました。

歪んだ給与形態については必ずしも是正するのが良いとは限りません。一律アップしたものの売り上げに繋がるわけでもなく後悔したという経営者の声もありました。給与制度を見直し、幅を持たせて当てはめていくのが理想ですが、制度の見直しはどう頑張っても一年はかかる傾向にあります。

ここに来て世界的な不況に見舞われ、年収提示合戦が一部職種を除いて鈍化傾向にあります。アメリカのレイオフ騒動を見ていると「将来的な投資のような感覚で取りあえず採用したけど、景気も悪くなったのでリリースした」という側面が見られます。日本の解雇しにくい環境であっても、「取りあえず採用したけど養えなくなった」というケースは発生しています。

2022年夏頃までの調子で景気が続いていればまた違う着地になったかと思いますが、おそらく欧米型のジョブ型よりもっと手前の、日式ジョブ型雇用とでも言うべき着地を見せるのでは無いかと考えています。

日系企業がジョブ型雇用に踏み切れない背景として、正社員の解雇のしにくさが挙げられます。日本でも一部企業が断行していますが、周到に用意しないと厳しかろうなと思います。私が知っている範囲でも、会社都合ではなく暗に自己都合退職に持って行くためにパワハラを多用していたケースもありますし、PIP(Person Improvement Plan)をネガティブに利用し、再学習を経た目標未達を根拠に追い込むケースも耳にしています。

日本の正社員は法律によって保護され過ぎているという一方で、労働者からするとそうした保護がなくなると大変なことになるので、法制度は変わらないのではないかと考えています。

こうした事態に対し、調整弁として扱われているのがいわゆる非正規社員となります。1990年代のフリーター、2000年代の派遣社員、契約社員、デジタル人材におけるその後のSES、2010年代のフリーランスなどがこれらに該当します。

フリーター、派遣社員、フリーランスに共通するものとしては「新しい自由な働き方」とごく一部の「高収益を上げられたハズレ値の人材」を広告塔としてしてセンセーショナルに扱われてきたという歴史的な経緯があります。

IT業界の内製化と外注は螺旋状に繰り返し発生する

内製化が良いのか、外注が良いのかという議論はIT業界では延々と繰り返されています。特に戦略無く正社員採用をしている企業もあります。

内製化をしたい企業の事情はいくつかあります。

  • 情報を外部に出したくない、コアコンピタンスは社内で握りたい

  • 外注コストを下げたい

  • (障害対応など)営業時間外にも備えたい

  • 指揮命令系統を自社側に持っておきたい

  • 出資者・VCに対する進捗のKPIとして正社員雇用をおいている

どれも分からなくはないのですが、前述したように日本の場合は解雇しにくいということについて意識をする必要があります。私自身、組織づくりのコンサルティングをする立場なので内製化には賛同すべき立場ではあるのですが、企業の限りある懐事情や、妙に高い採用コストを考えると何でもかんでも内製化とは言えません。特に不景気かにおいて正社員雇用との相性が悪いのが下記の特に高年収帯人材です。

  • 当座困っているが、永続的かどうか不明な課題に対するコンサル人材

  • 売り上げに繋がるかどうか不明なR&D部門

  • 暫くはタスクがあるが、定年まで居続けて貰うほどタスクが続くかは不明な特殊スキル人材

これらには中途も新卒も含まれます。こうした人たちを社内に置くことにより、特に不景気時に起きるのが人材の持て余し状態です。今回の不況でも企業の大小を問わず研究開発部門の解体が発生しました。割り切って転職する人材であれば本人も企業側もある意味円満と言えますが、不景気化や、ピボットなどで方向性が変わったポジションに高単価な人材が残り続けられると困るのが企業側の事情と言えます。

被雇用者として日式ジョブ型雇用をどう生き抜くのか

特にR&Dプロダクトを見ていると、選考しているプロダクトから手堅い売り上げアップを狙うタイプのものと、大きく投資をして研究開発に投資をするタイプに分類されます。前者はスモールスタートするので軌道修正などもしやすいのですが、後者の場合は待遇提示が大きい一方でマネタイズが叶うかどうか、投資回収ができるか不明というリスクがあります。内定が出た段階の提示金額としては簡易な不等号に見えますが、そのプロジェクト内容がどれだけ長続きするかはよく考える必要があります。

正社員転職をする場合、待遇を上げるからには長期的な在籍が叶わないリスクがあることを承知しておく必要があるでしょう。一方で旧来の終身雇用をなんとなく引きずっているのが日本のメンバーシップ型雇用であり、少子化の影響も相まって他国と比べてもおかしいほど採用コストが掛かっている状況も踏まえ、短期離職は懸念されることも頭に入れておく必要があるでしょう。ジュニア層には一切お勧めできませんが、シニア層については個人事業主や一人会社などを構え、複数企業に対して自身を切り売りする方が合理的なケースもあるでしょう。

一方で企業に残り続けるという選択肢もメインストリームとして残るでしょう。ただし高度人材、高年収帯人材は景気回復するまでは難しいことが予想されます。企業に残り続ける場合、社内で色々な経験を積めるように定期的にジョブチェンジをするということが必要になってきます。固定されたプロダクト、固定された技術ではその会社を放り出されたときにリスクとなります。そしてこれらを実現するためには、ある程度の企業サイズと体力、そして事業やポジションのバリエーションが必要となる点に注意が必要です。

現在の日系大手企業などではこうした固定ポジションの方達にリカレント教育を施す形で再度前線復帰させる形を模索しています。このあたりもなかなか香ばしいのでまた別途お話ししたいと思います。


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