見出し画像

『わたしを束ねないで』②

『わたしを束ねないで』① の続き記事

②大学中退から社会人へ

中学の教科書に載っていた『わたしを束ねないで』の詩が
次に頭によぎったのは、大学を中退する時だ。
最終的に大学の中退を決めたのはもちろん自分だが、単位取得が足りない中、なおもモラトリアムを満喫する甘い考えでいた私に、決断を迫ったものは、実際のところ学部の再編の圧であった。

大学の中退とともに、「大学生」という自分を束ねていた輪から放たれる事になった私は解放感よりも先に恐怖した。
『わたしを束ねないで』の詩を頭に浮かべながら、「束ねられる」側の安心感は確実にある、と思った。
「大学生」という「分類」から外れただけではない。
「ふつう」という大きな枠から外れてしまった。束ねられない側になってしまった。
その時はそう思った。正直なところ、絶望した。
やばい、何とかして「落ちこぼれ」たわけじゃない、「自分で選んだ」ってことにしなきゃ、「ふつう」に戻らなきゃ、と思っていた。

家庭の事情で学費は自分で払っていたものの、
受験代や入学金は払ってもらっていたし、入学した時の親の喜びようもあり、罪悪感は相当なものであった。
そうして急き立てられるように面接へ向かった。

「大学生」でなくなるのならば、すぐさま「社会人」にならなければならない。

あまり学歴の関係ないサービス業を選んだこともあってか、1社目で面接が通り、そのまま就職した。

ひとつ幸いなことがあるとすれば、中退したのが同級生が卒業する年の2月だったことだ。
留年せずに中退したことで、私の中退はさほど目立つことはなかった。

「ふつう」の大学生が社会人になる年に、自分も「社会人」になれたことで、また「束」に戻れた感じがした。
友達にはもちろん中退のことは話していたが、近所の人の前では「ふつう」に卒業して働いていますよ、という顔をしていた。

『わたしを束ねないで』などと言えるのは、「ふつう」という名の「理想」を生きている人の傲慢ではないか。
自分の業から目を逸らしながら、当時の私はそう思って、まるで被害者のような面持ちでその詩を睨みつけていた。

次にこの詩を思い出すのは、また10年ほど経ったある日だった。
そちらは③にまとめようと思う。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?