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愛は瞬間的な衝動の繰り返し(永遠の赤い薔薇6)

店内に響き渡るカランカランという鈴の音。扉が開き、冷たい外の空気と一緒に一人の客が入ってきた。

入ってきたのは、体格の良いスーツ姿の男性で、50代前後に見える。その年代としては高身長で、横に剃り込みを入れた髪型をしており、どこか威圧感のあるオーラを漂わせている中年男性だった。


革靴のカツカツという音を響かせながら、その男は私の隣に勢いよく座り、全身の体重を預けるように肘をテーブルに力強く乗せた。その衝撃でバーカウンターの長いテーブルが振動し、グラスの中の氷が軽く鳴った。

彼は明らかに不釣り合いな大声で「よう!」と、彼女の名前を呼び捨てにしながら手を挙げて挨拶した。彼女は一瞬驚いた表情を見せた後に、少し緊張した面持ちで硬く挨拶を返した。

彼の全ての動作が、大仰で大きな音を立てる。その傍若無人な自己主張の強い態度に、私は直感的に喧嘩する事になるかもしれないと感じた。

自らを王と豪語するような強硬な態度を取る者たちと、私はしばしば衝突する。その根底には、私自身もまた、心の中で静かに自分を王だと信じているからである。

【両雄並び立たず】真の王は共存しえない。幼い頃から、私は他者に従属を強いられることに反抗し、不服従を貫く人生を歩んできた。

親であれ教師であれ、納得のいかないことには堂々と反論すると、大人は高圧的な態度で「言い訳するな」と、力で捩じ伏せて来た。

力で従属を強いる社会に対抗出来るだけの知識や力を養いながら、私は不服従の精神で反抗しながら生きて来た。

隣の男がもし私を見下すような態度を取れば、必ず私は抗い戦うだろう。もしも、此処で喧嘩をしたら赤い薔薇に嫌われてしまう。それだけは何としても避けなければならないと、私は心の底から強く感じた。





男は豪快にシャンパンを注文して、赤い薔薇や私に振る舞った。酒を奢る事で自分の立場が上だと誇示しようとしてる事は明白だったが、断るのもその場の雰囲気にそぐわない。

そもそも、シャンパンなど飲んだ事が無いので、喜んで振る舞われたシャンパンを呑んだ。

男は気を良くした表情を浮かべて、シャンパンを呑んでる私を横目に、赤い薔薇をデートに誘って居た。あそこの店が旨いから今度行こうなどと誘い、それを赤い薔薇は曖昧な返事をしながら考える素振りをしてた。


夜の店では、女性店員をこんな風にデートに誘うんだなと思いながら、2人の動向を聞き耳を立てながら静観して居た。彼女が誰とデートしようと私には関係ない。

私は彼女の事が大好きだけど、彼女からは好かれて無い事は分かって居たし、彼女に好きになってもらう事は諦めてた。

此処で誘いに乗るなら、次の機会に自分もデートに誘ってみようと思ったくらいだ。


赤い薔薇は、行くとも行かないとも明言を避けるように、ずっと考えてる素振りを示してる。その小慣れた対応に、彼女は産まれながらの夜の世界で生きる蝶なんだと感じた。

この接客を店を持つママがやってるなら理解出来るが、赤い薔薇の年齢でこんな成熟した対応を出来るなんて考えられ無い。

恐らく、両親がそう言う店を経営してるのか判らないが、子供の頃から大人の色恋を見てないと、こんな対応はでき無いだろう。

私は自分がどんなに心理学を活用した口先のテクニックを駆使しても、彼女を口説き落とすのは無理だろうと感じた。

彼女を口説いてる相手は、シャンパンを平気で奢ってくれる金持ちそうな叔父様で、彼女も生理的に嫌ってると言う感じはし無い。

それにもかかわらず、彼女がその誘いに乗らないのは、彼女自身の強い意志があるからに違いない。彼女は自分が本当に好きな人としかデートしないという決意をしているのか、あるいは既に恋人がいるのかもしれないと私は思った。





男は彼女を独占するように会話する。男はかつて結婚して居て離婚したらしい。その事を赤い薔薇も知って居た。その会話で2人の関係が長い事を知った。

どうやら男の離婚の原因は浮気をされたからのようだ。そこから、2人は浮気をされたらどうするかと話を膨らませて居た。男は浮気をされたらどんなに好きでも即別れると言い切り、赤い薔薇は「浮気されたら一気に冷めると思う」と同調してた。


2人の会話を聞きながら、私は赤い薔薇と自分が今より近い関係になる可能性が有るとしたら、たまたま彼女が男を必要としたタイミングに、自分が居て親しくなり恋人候補の1人に組み込めるかどうかだと感じてた。

私は彼女のタイプでも無ければ理想の男でもない。何人も居る彼女を愛してる男達の中の1人で、その中では少し店によく来る程度の認識なのだろう。

私にとって彼女は、やっと見つけた理想の相手だったが、彼女にとって私は妥協して付き合う男の候補にも入って無い。

そんな状況で、どうやって彼女の中に在る自分の存在を大きくして行くかを考えてる状態だった。だから、もしも彼女と深い関係になっても永久に捨てられる可能性が有り、いつ浮気されるか分からない関係でしか成立しないと感じてた。





昔付き合ってた女性から、夜の世界で生きてる自身の母親の話を聞いた事があった。

彼女の母親が豊胸手術をしたら、脇から透明な糸が一本出て居て、その事で怒って居たと笑いながら母親の話をしてた事を思い出した。20代後半の子供が居る年齢の女性が、豊胸手術なんかして意味あるのか?と、その時は思った。

しかし、後になって夜の世界で生きる女性は50代でも60代を越えても永久に言い寄る男性が後を絶たない事を知った。


30代になったお祝いに、先輩に繁華街へと連れ出された事があった。その時に当時の私からすればお婆ちゃんの年齢くらいの女性が経営してるスナックに行った事がある。

同じ料金で、若い女性が居ないスナックに飲みに来る客なんて自分達以外に居るのかと疑問だったが、訪れる男性客は皆んなが、その女性に恋をして夜を共にしたいと思ってるようだった。

自分の母親や、下手したらお婆ちゃんより年上の女性が、信じられないほど綺麗な出立ちで男達に口説かれてる姿は衝撃的だった。

家庭に入り、女を捨て専業主婦として生きてる自分の家族と、女として現役で店に立ってる女性は同じ年齢でこれ程、差があるのかと驚いた。





きっと赤い薔薇は、私とはそもそも違う。愛される為に産まれてきたような人だ。彼女は生涯モテ続ける人で、もしも彼女と結婚しても常にライバルが存在する気が抜けない一生を送る事になるだろう。

彼女が若い男と浮気をして、その後に戻って来てくれたら良いけど、持って来てくれなければ自分は本当に惨めな人生を送るなと恐怖を感じた。

私自身が、かつて付き合ってた女性に対して、何の不満も無い容姿端麗な優しい子だったけど、一生この女性としかセックス出来ないのは嫌だと思った経験があったからだ。

私が赤い薔薇と添い遂げるには、5年先、10年先を見据えた長期的な計画で無ければ不可能だ。

彼女が色んな男性と付き合いながら色んな経験をした上で、最後に選ばれる男性になる。もしくは、遊び相手として付き合い続け、最後に私が残った。このどちらかしか無いと考えて居た。





2人の会話に聞き耳を立てながら独りで酒を呑んでた私に、赤い薔薇が「浮気されたらどうする?」と話を振って来た。私は浮気されるどころか、目の前の彼女の浮気相手に選んで欲しいと思っている立場なので、「え?多分泣いてるだけかな…」と答えた。

すると彼女は驚いたように目を見開いて「ダメだよそんなの!舐められるよ」と真面目にアドバイスして来た。私は思わず「浮気されたくらいで冷めるようなら大して好きじゃないよ」と応えると彼女は私と少し距離を取り黙ってた。

そして、おもむろに口を開き真剣な様子で、自分の父親が浮気をしていて、いつも悲しんでるだけのママが可哀想だと自身の経験を語った。

この話を聞いて、私は彼女が抱えている人間不信の正体を感じた気がした。

彼女が何処か愛というものを信じて無い。愛とは一瞬で起きる感情の爆発で、永続的に存在するものでは無いと思ってる理由が分かった気がした。


実際、私もそう感じてた。愛とは約束とか契約で維持出来るような感情では無い。好きだと言う感情が続く限り継続される。その気持ちがどちらかから消えた時に愛は壊れて、一方的な執着心だけが残る。

相手を抱きたいと思う限り好きで、抱きたいと思わなくなった時に愛は終わる。それが私の感覚だった。

好きだと言う感情が、会う度に毎回発生する相手が、結果的に自分が一番好きな人で、それが一番長く続いた人と人生の多くを共にするのだろうと言う感覚だ。


私は赤い薔薇といつも一緒に居たい。沢山話をしたい。だから、こうして彼女に会いに来てる。その気持ちが永遠に継続されると本能的に感じてるけど、その理由が自分でも良く分からなかった。

例え彼女が自分以外の誰かを愛して、自分の恋人じゃなくても、他人の奥さんになっても、生涯彼女に逢いたいと感じるだろう。そう言う確信が自分には有った。

けれど、その理由が何なのか、自分でも分からない。彼女に対して感じるこの特別な感情は、何から生まれるのだろうか?彼女が私が出会った女性の中で最も美しいから、そう感じてしまうのだろうか?ただの思い過ごしなのだろうか?私はまだ、その感情を整理することが出来てなかった。

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