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好きな理由を聞かれて(永遠の赤い薔薇7)

私は彼女に愛されない。その現実は受け入れて居るし、ある意味で彼女の事は諦めてる。物凄い奇跡と偶然が巡れば、もしかしたら可能性はあるかも知れないと、小さな希望は持ってる。けれど、その気持ちは自分ですら有る事が忘れるほど弱くしておかないとダメな気持ちだ。

精神が病んだ状態で、彼女に執着して嫌われていくのは避けたい。だから、彼女を好きな気持ちは忘れて無かった事にする必要がある。


彼女を求める気持ちを掻き消すように、私は男と赤い薔薇の会話を聞きながら、今後の傾向と対策を考えてた。

彼女がどう言う会話が好きで、どう言う会話を嫌うのか。彼女の表情や受け答える内容を聞いて、少しでも自分が彼女によく思われる男になれるヒントが無いか探ってた。


2人は好きなタイプの異性に付いて語り合って居た。これこそ私が知りたい情報だと思って意識を集中させて居たが、男は好きな女性のタイプを喋るのに、肝心の赤い薔薇の好きなタイプは優しいだとか浮気しないとか抽象的なもので有益な情報は何も無かった。

彼女が自然な流れで話題を振り、私にも好きな女性のタイプを聞いて来た。私も会話に混ぜようと気を遣ってくれてるのだろうけど、何て残酷な質問をしてくるのだろうかと感じた。

好きなタイプなんて、「お前に決まってるだろうが!
」と思ったが、そんな告白を今しても彼女を困らせるだけだろう。現にしつこく口説いてくる男を少しうざったく感じてる状態で、私まで口説くような言葉を言えば印象が悪くなるだけだ。

私は何て答えるべきか思考を巡らせた。でも、彼女に対しての好きの気持ちを封印しようと意識してた事もあり何も浮かばなかった。

そもそも私は彼女の何が好きなんだろうか?確かに彼女は可愛くて優しくて、誰に対してでも気を使う良く出来た人だ。でも可愛い人は無限に存在して居て、今この瞬間も新しい命が産み落とされ刻一刻と可愛い女性が育っていく。

そんな無限に湧き出る命の中で、可愛くて優しい人なんて一定数、出逢う機会は有るだろう。そんな中で未来永劫、彼女だけを生涯愛すると誓えるほど特別な何かを自分は何処で感じたのだろうか?この自分の中に深く根付いてる感覚の正体は何なのだろうか?

私は自分の赤い薔薇に対する好意の元となってる核が良くわからなくなった。何だかやんわりとした吸引力。彼女には妙な重力を感じてた。





ある時、イベントで胸が露出された蜂の格好をしたドレスを着た彼女と話す機会が有った。彼女は胸を強調して、まざまざと私に見せつけて来た。

私は意識して胸を見ないようにしてた。他の男と同格に思われない為に、意識して彼女の顔を見るようにしようと意志を集中させた。けれど、そんな我慢がいつまでも持つわけがない。私は彼女に幻滅され嫌われる事に怯えながら彼女の眼を見た。その瞬間に吸い込まれた。

煩悩だとか、邪な心とか、そう言うもの全部が見透かされて居て、それらを知ってる上で理解し受け入れてくれてるような感覚に陥った。きっと胸を見ても彼女はがっかりしないだろう。むしろ「見て良いよ」と言うような優しさと慈愛に溢れた眼をしてた。

あの眼を見た瞬間に胸を見たいとか、そう言う気持ちが全部無くなって彼女の顔ばかりを見てた。顔が可愛いから見てると言うよりは、彼女が何を考え感じているのかを知りたいと思う好奇心が一番強くなった。

人間は他の動物と比べて白眼の割合が多く、犬や猫が尻尾で感情を伝え意志の疎通を取るように、眼の動きで意志の疎通を測っていると言う説が有る。

恐らく私は彼女の心の内を知りたくなったのだ。あの時に、彼女への好意は性欲とかを超えた何かなんだと感じたのだった。


しかし、そう自分に思わせた理由が良く分からなかった。私はいつ彼女を此処まで特別な女性だと認識するようになったのだろうか?

初めて逢った瞬間に可愛いと思った事は覚えてる。でも、そのくらいはすれ違うだけの女性にでもしょっちゅう思っているし、都会の街を歩けば1日数人は彼女にしたいと思う美貌を持った女性とすれ違う。

自分でも疑問に思いながら改めて彼女の顔を見た。すぐに浮かんできたのは私が彼女のライブを見てまも無い頃の出来事だ。今日と同じようにライブが終わった後に彼女と話していた。その時に仏陀の話をした事があった。


村人全員を皆殺しにした凶悪な殺人鬼が兵隊に弓を撃たれて瀕死の状態で仏陀の前に寝そべってた。多くの罪なき人を殺した自分は地獄に堕とされ苦しむんだと後悔しガクガクと震えて居た。その姿を見て仏陀は「お前は本当に村人全員を殺したのか?」と尋ねると、殺人鬼は「幼い乳飲み子だけは殺さなかった」と打ち明けた。

その話を聞いた仏陀は「お前は乳飲み子を殺さないと言う優しい心の持ち主だ。その事を誇って逝きなさい」と彼の背中を押した。殺人鬼は死の間際に自分に優しい心が有った事に気付くと言う仏教の教えだ。

この話を、赤い薔薇にした時に彼女は「可哀想だな、殺してやれよ」と突っぱねた。

私は驚いた。この女は今、全世界の仏教徒を敵に回したと思いながらも、確かに1人残された乳飲み子が、どんな辛い人生を歩むのか考えれば、その場で殺してやるのも慈悲と言えると、妙に納得してしまった。

私は仏陀の経典を読んで感動し、多くの学びを得て居た。そんな考え方もあるのかと仏陀の教えや悟りに感銘を受けて居た私に取って、彼女は仏陀と同格、或いはそれ以上の悟りを拓いてる女性なのでは無いかと感じた。

教科書で暗記した事を復唱してるだけの教師と違い、彼女は自分で考えて答えを出す。

この時に、私は産まれて初めて自分が学べる存在に出逢ったと感じた。彼女の何気ない考え方や、私に対しての感情を表現する仕草が新鮮だった。





彼女の魅力は沢山あるけど、彼女を万人がイメージ出来る、一言の言葉で表すには何と表現すれば良いのだろうか?

赤い薔薇よ、貴女を表現する言葉が見つからない。

一つだけ確かなのは、自分を超えた格上の存在だと感じた人とは、彼女以外に出逢った事はない。今まで付き合って来た人も、接して来た全ての人へ対しても、私はいつも教える側だった。

その事を赤い薔薇に伝えようとした。彼女の眼を見て口を開こうとした時に彼女は、「まぁいいや」と私の言葉を聞かず背を向けた。

それは考え込んでた私に気を使ったようにも感じたし、散々彼女への愛を何度も口にしながら、その魅力をすぐに言葉にすることができない私への呆れのようにも感じられた。

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